前を行く監視対象の少年は迷いのない足どりで進む。
そしてそのまま左に曲がるべき道を右へと曲がった。
少年の監視役であるリンクは慌ててその後を追う。
「待ちなさい、ウォーカー。そっちは行き止まりのはずです」
「えっ、嘘!?」
バッと勢いよく振り向くアレンにリンクは小さく息を吐いた。
任務前、今日は絶対に迷わない、と意気込んで地図と睨みあっていた姿を思い出す。ブックマンJr.の言葉を借りるならば、さすが迷子のプロといったところか。
ガーデン
今回の任務は先ほど終了した。
ハーメルンの笛吹きのように夜な夜な子供が消えていくという奇怪。
イノセンスよりもアクマの可能性のほうが高いと思われたが、たしかにアクマもいたものの意外なことにイノセンスも絡んでいた事件で、アクマの殲滅に加え、イノセンスも無事回収するに至った。
いつもならアレンの周りを飛び回り、時には道案内にもなる金のゴーレムは今いない。
昨日、教団を出る少し前に調子を悪くしたティムキャンピーは心配したアレンが科学班に預けていった。不調の原因はわからない。
小さな相棒に心配をかけないようにとアレンは方向音痴を克服するべく努力していたが、
「・・・・戻りますよ」
「待ってリンク」
アクマがいます。
アレンのわずかに伏せられた顔の左目にはいつの間にかモノクルが出現している。
瞬く間に駆け出したアレンにリンクも続く。
「どこですか」
「この道の先。数は少ないですが。リンクは待っていてもいいですよ」
「そうもいきません」
一方通行の道をそのまま進む。破壊音が聞こえてきた。
アクマの数は2体。傍で大きな帽子を被った少女が、恐怖のためかしゃがみこんでいる。
アレンがアクマと交戦する姿を横目で見ながら、リンクは少女のもとへ向かった。
「大丈夫か?」
少女の顔は帽子で隠され、うかがえなかったが、小さく頷くのがわかった。
光がはじける。アレンが1体を破壊し終えたようだ。
しかしここは危ない。リンクは少女に背を向け、おぶさるようにと言おうとした。
途端、ガツン、と鈍い衝撃が頭に走る。何が起こったのか考える暇もなかった。
そのままリンクは意識を失った。
残りの1体を破壊し、アレンは発動を解いた。
途端に少女が文字通り飛びついてくる。予想していたそれをアレンは受け止めた。
風にあおられ、つばの大きな帽子が浮き上がる。
「少し粗っぽすぎません? ロード」
背後からレンガの一撃を受け、気を失っているリンクをうかがいながら言う。彼の金色の髪にはところどころにレンガの欠片が付着していた。
あのリンクが一撃で倒れるなんて。少し背筋が冷たくなった。
「千年公がアレンが教団に怪しまれないようにするためには一芝居打つのがいいって。ねえ、似合う?」
ロードはどこまでも無邪気にそう言うとアレンから離れ、くるりとその場で回ってみせた。白いワンピースが風を含んで柔らかな曲線を描く。
アレンが頷くと同時に細い手が伸びてきた。ぎゅ、と再び抱きつかれる。
「あの、今日は行けませんよ?」
何しろ、任務は終了、イノセンスは回収したと報告を入れてしまった。あとは帰るだけだ。ただでさえ一部からは危険視されている。
アレンは教団を裏切りたいわけではない。けれど、好意を邪険にすることもできない。
「アレンもノアに来ちゃえばいいのにぃ」
「人間もアクマも救いたいんだ。ノアじゃ、無理でしょう?」
「ま、しかたないっか。千年公もアレンはそれでいいって言ってたもんね」
でも教団がアレンに邪魔をする存在になったら言ってね。ボクらが連れだしてあげる。
教団を叩き潰す気だな、と寒気を覚えながらアレンは曖昧に頷いた。
「あ、でも今日はちょっと付き合ってもらうよぉ。大丈夫、千年公にぬかりはないから」
「それってどういう・・・」
モノクルにアクマの気配。見ればリンクは人の姿をしたアクマの小脇に抱えられている。
思わずロードを見ると、予想通りそこにはファンシーな扉。
引っ張られるままに中へと踏み入れ、リンクを抱えたアクマが入ると同時に扉は閉まり、出口が消えた。
人通りのない小道に残されたのはレンガの破片だけ。
扉の先はいつか見た部屋だ。もう慣れっこになってしまっている。
気を失ったままのリンクはアクマが連れて行ってしまった。大丈夫だろうか、と思いつつも、アレンは伯爵たちがアレンがみすみす疑われるようなことを引き起こす気が少なくとも今はないことを知っていたので、ロードに問うことはしなかった。
「あれ、千年公?」
ロードが小首をかしげる。
「ああ、ロードv 思ったよりも早く事が済みましてネv 帰ってくることが出来まシタv」
「じゃあ買い物は三人でするの?」
「・・・・?」
状況がつかめない。怪訝な顔をしていると伯爵が説明してくれた。
今日は屋敷の買出しをする予定だったのだが、伯爵に急用ができ手が空いているのはロードしかいなくなってしまった。そこでアレンを荷物もちとしてもらおうということになった。けれど伯爵が帰ってきたためにその必要はなくなった。「あの、そういうのって僕の意思を聞いてからとかじゃないんですか?」
「千年公にぬかりはないよぉ。それに、任務が終わったばっかりでヒマだったでしょ」
「・・・まさかとは思いますが監視とかつけていませんよね?」
ティムキャンピーの不調や、ちょうど任務が終わった後のタイミングなどどうにも都合が良すぎる。
「すべてのアクマは我輩の眼となり耳となるのデスv」
「堂々とプライバシーの侵害をしないでください」
「まあまあ、今さらだよぉ。もともとアレンにはティムキャンピーやあの金髪の監査官もいるんだし監視が増えたことくらいたいしたことないって」
「ティムは友達です。監視じゃありません。あとそういう問題じゃないです」
「ロード、そこで今日の予定なんですガv、」
アレンの反論をあっさりと無視して伯爵は切り出す。
「せっかくアレンも来てくれたことですシ、買出しはあとでティキポンにでも任せまショウv」
「・・・それ最初からティキに任せればよかったんじゃ・・・」
「それでボクたちは何をするのぉ?」
楽しそうなロードの問いかけに伯爵はにっこりと柔らかな雰囲気で笑った。
「物置の整理でもしましょうカv」
「伯爵、この箱はどうします?」
「ああ懐かしいですネv ジャスデビが破壊した玩具v ・・・あの子達は玩具を買い与えても飽きるとすぐに壊シテ・・・v」
「もう使えそうにないので処分ですね。この紙の束は・・・テスト?」
「いわゆる知能テストだよぉ。ティッキーはこれでダメダメだったからすねちゃってねぇ」
「学校に通うか聞いてもどうせ学がないからとふらふらシテ・・・、シェリルは逆に実に優秀でしタv」
「ノアで優秀ってなかなかいないよねぇ」
「あれ、これって・・・」
ふと目に付いて引っ張りあげると、予想通りそれはチェス盤だった。
今まで何を発掘しても思い出話をしてきた伯爵が初めて黙った。かわりにロードが答える。
「まだとっておいてあったんだねぇ、それ。ところでさ、アレンってチェスできるの?」
「最近覚えましたよ?」
「だったら千年公とやってみない? いい練習になると思うよぉ」
「ロードv!?」
「かまいませんが・・・伯爵は?」
どうにも嫌がる様子に断るかと思ったが、伯爵はやがて仕方ないですネvと承諾した。
とたんにロードが満面の笑みになる。
「久しぶりですネ・・・v」
白のチェスを手早く並べ、ついで黒のチェスを並べる。
最初乗り気でなかったのはものすごく弱いからかとも思ったがそういうわけではないようだ。
すこし古いがつやつやと輝くチェスの駒があっという間に並んでいく。
「白? 黒?」
「それじゃあ白で」
白のポーンを2つ前に進ませる。伯爵は黒のポーンを1つ前に進めた。
ロードが楽しそうに見つめる中、ゲームは続いていく。
やがてアレンは伯爵をクイーンとキングしか残っていない状況まで追い込んだ。
戦局はどう考えてもアレンが有利な状況だ。アレンにはクイーンとキングに加え、ルークも残っている。
伯爵がクイーンを進める。
「チェック、デスv」
アレンはクイーンを動かし、伯爵のクイーンを取った。
これで伯爵にはキングしかいない。
だが、
「あれ?」
「気づきましたカv」
「うわ、伯爵ってばその手できたか」
伯爵のキングはまだチェックメイトされていない。しかし、もう動かせる場所もない。
この場合は、
「引き分けデスネv」
「・・・伯爵、わざとでしょう?」
「ホッホッホv」
「次こそは真剣勝負です!」
「千年公と呼んでくれたら手加減してあげますヨv」
「いりません!」
「楽しそうだなぁ、二人とも」
かつて伯爵がチェスを基礎から教え、強くした男が裏切ってからはこうしてチェスに興じる伯爵の姿は見られなくなった。
今、子供のようにムキになるアレンをみつめる伯爵の目は優しい。
その様子に、二人には気づかれないようにロードは安堵した。
「アレン、勝てそう?」
「今考えてるところです!」
「ね、アドバイスしてあげよっか?」
「・・・・お願いします」
「面白くなってきましたネv」
知恵をしぼって攻撃をしかける、かわされる。
白熱したゲームが終わるころには、日が暮れかけていた。
「・・・・・ンク、・・・リンク」
はっとリンクが目を覚ますとそこは知らない民家の中のようだった。
監視対象の少年が心配顔で覗き込んでくる。
「私はいったい・・・」
「覚えてませんか? 女の子がアクマに襲われているのを助けたんです。ただ、そのときに巻き込まれて落ちてきたレンガの花瓶で頭を強く打ったみたいで・・・」
「おお、気がつかれましたか」
壮年の紳士が部屋に入ってくる。その背中に隠れるようにして白いワンピースの少女がリンクを見、ぺこりと頭を下げた。それは一瞬のことで顔は見えなかった。室内だというのに帽子を深くかぶっているところを見ると恥ずかしがりやなのかもしれない。
「娘を助けてくださりありがとうございます。修道士様にも今申し上げたのですが、もう遅いですし夕飯を召し上がってはいかがですか?」
「いえ、けっこうです。仲間に連絡を取らなくてはならないので・・・。今、何時ですか」
夕飯、という言葉が出てきたときに嫌な予感がしたが、時刻はもう暮れとなっていた。酷い失態だ。最近たしかに満足な休息をとっていなかったにしろ何時間も気を失っていたなんて・・・。
「まあまあリンク。そう落ち込まないでください。それより、早く本部に戻りましょう?」
お腹がぺこぺこです、と邪気のない笑みを浮かべてせかすアレンに、一応とリンクは問いかける。
「ウォーカー、私が気を失っている間、何をしていましたか?」
「そこの女の子やご主人とトランプやチェスをしてました。あと、おやつもいただいたんです」
「そうですか」
報告書に書く内容を頭の中でまとめあげ、ため息をつく。後で何といわれるやら。
紳士に礼を言い、家を出る。そこでアレンが声をあげた。
「忘れ物をしました。リンクは先に教団に連絡をしてください」
「早くしてくださいよ」
足早にアレンが民家に戻る姿を見送る。リンクは無線を本部へと繋げた。
「やっぱり戻ってきたねぇアレン」
「アクマはほっとけませんので」
家の主人の役をつとめていたアクマを一撃で破壊する。アクマもロードの命令なのか、おとなしく破壊されたので外にはバレていないだろう。
「さて、今度こそ帰ります。お菓子、ありがとうございました」
「千年公って呼んであげたらもっといいものもらえるかもよぉ?」
それには答えずに扉を開けた。リンクは無線で連絡を取っているようだ。
それでは、と軽く会釈をして扉から手を離す。
扉が閉まる直前、ロードがニッコリと笑った。
「アレン、またねぇ」
「―――うん、また今度」
* * * *
*
すみません長い上にわかりにくくなりました!
いろいろ裏設定があったのにできあがってみたらただの仲良しノアファミリーでした。
チェスのくだりは勝てると思ったときに引き分けになると本当に悔しいという個人的な思いからです(笑)
それでは遅くなりましたがRIN様、本当にありがとうございました。
―読後感想―
有り難うございます秋桜様。素敵な小説を二作も頂け感無量です。RINは幸せ者に御座います。
『できあがってみたらただの仲良しノアファミリー』だなんて…そんな謙遜しないで下さい。
『仲良しノアファミリー』素敵じゃないですかv
ホントになんて素敵で良い響きでしょうv
素敵なノアレを有り難うございますv嬉しかったですv
―それではまたの機会に―RIN―