…周の城…王の居室には、しかし主である武王の姿は無く、そこにはただ…幼き我が子を抱いた、母となった彼女・邑姜が喪服を着て立っていた…
「…太公望さん…そこにいるんですよね…出てきて下さい…知ってるんですよ…いつも…どこかで…私達を見ていてくれたって…出てきて下さい…聞こえてるんでしょう…」
気丈な彼女が…堪えきれずに涙を流す…
「久しいの…邑姜…」
その声に、振り向くと、そこには初めて会った日から変わらない…太公望の姿があった…
―けじめ―
喪が明けて…暫くした頃…周の王妃・邑姜は珍しい来客を迎えた…
「武王が亡くなったそうですね…」
「お久し振りです、楊ゼンさん…でも宜しいのですか…」
邑姜は目の前の、かって女官達の憧れの的であった、その道士を見つめ言外に問う、仙人界と人間界の現在の状況ゆえに当然の疑問を…
「本当なら良くないんですけれどね…今回は特別ですよ…それに…人を捜してるんです…」
楊ゼンはすっかり大人の女性に成長した…だが変わらない邑姜に…恐らくは何も知らないであろう彼女に…変わってしまった彼の事を…何と話してよいのか解らず、言葉を濁す…
「太公望さんですか?まだあの人は仙人界に戻っていないのですか?仕方の無い人ですね…」
「ええ…それで捜してるんですけれど…もしかしたらこちらに顔を出してないかと思いまして…」
「ええ…太公望さんなら、時々…一番最近は…武王の葬儀の直後でした…」
「そうですか…やっぱり…」
「それと…太公望さんは、老子の所によく行く様ですよ…いまならまだ…桃源郷にいると思います…」
「そうですか…ありがとう、行ってみるよ…」
そう言い、一礼すると楊ゼンは哮天犬に乗って、訪れた時同様誰にも知られずに帰っていった…
「…そろそろ…会って差し上げても良いのではないですか…太公望さん…」
一人残った邑姜は、誰もいないその部屋で嘆息してそう呟くと…
部屋を出て…欄干に手を置き、楊ゼンの去った空を邑姜は眺め…
「楊ゼンさん…一番辛いのは太公望さんなんです…」
そう言って、邑姜は仕事に戻った…
羊の群に囲まれ昼寝しながら彼は何処から手に入れたのか、仙桃を食べていた…
「むー桃が甘いのぅーどうだ…おぬしも食うか?楊ゼン…」
そう言って、伏羲が桃を差し出したのは、一匹の羊…その羊の姿が、瞬時にして蒼い髪の道士へと変化する…
「気付いておられたのですか…太公望師叔…」
「分かるわい!わしを誰だと思っておる!言っておくがわしは仙人界に行く気はないからのぅ」
「では…何故会って下さったのですか…」
「まぁー邑姜に免じてという所かのぅ…それに…」
そう言いながら、立ち上がってパンパンっと、伏羲は草を払う…
「それに…何ですか…」
そんな伏羲に妙な違和感を感じながら、楊ゼンは続きを促す…
「…それに…女カを倒した後でケリをつける…そう言ったのはそなたの方であろう…」
「確かに…そうですが…」
(…これが師叔?何だか…様子が…それに…違和感が心なしか増したような…)
「どうかしたか?そなたは戦うつもりだったのではないのか?太公望が相手では戦い辛かろうと思ったのだがな…」
そう言ってゆっくりと振り向いた、その人からは表情という物を伺う事は出来ず…
「なっ!それは…では…あなたは…」
あまりの事に…楊ゼンは思わずそう返していた…
「察しの良いそなたらしくないのぅ…それともそれほど衝撃が大きかったか…何れにせよ、大した事ではなかろうに…」
そう言って嘆息し…
「我が伏羲だ…」
「では…師叔は…」
「太公望や王天君は女カの目を欺き、計画を遂行する為の仮初めの人格…計画が終わったいまとなっては不要のもの…」
「しかし…さっきまでは…」
「太公望がなさねばならぬ後始末がまだ残っておったからな…だがいまは太公望は不要…ゆえに消えたのだ…」
「そ…そんな…師叔…」
伏羲の言葉に愕然として楊ゼンは立ち尽くす…
(そんな…師叔…もういないなんて…そんな!王天君の事なんて!ああ…そうだったんだ…僕は…本当はただ師叔に…)
「どうするのだ…」
立ち尽くす楊ゼンに伏羲は声を掛ける。
「本当に…師叔はもういないんですね…それなら…もう…良いです…」
そう言うと…楊ゼンはふらふらとした様子で、哮天犬に乗って去って行った…
楊ゼンの姿が見えなくなって暫くした頃…
《…どうして…あんな嘘を吐いたの?伏羲…》
羊に囲まれ、仙桃を食べる伏羲の前に老子が現れて問う…
《…老君よ…我は別に嘘なぞ吐いてはおらぬ…》
《…そうだね…厳密には嘘ではない…でも本当の事も話してないでしょう…何故…》
《…けじめは着けねばならぬ…》
《けじめ?》
《…我は…仙人界に行く気はない…だが…あの者達はそう容易くは諦めぬであろう…》
《…そうかもね…》
《…あの者達が我に拘るのは…拘っておるのは太公望だ…ならばその拘りを断ち切ってやればよい…》
《…あなたはそれで良いの…》
《…我は嘘は吐いてはおらぬ…あの者達の拘る…あの者達の望む…太公望は…もうおらぬのだから…》
《…そう…でも…いくらあなたでも邑姜を悲しませたら駄目だからね…》
「あやつには何も…だが…何かを感じておったのやもしれぬのぅ…」
「そうだね…それじゃあ…」
久し振りの老子の肉声に顔を上げると、老子は来た時と同じ様に羊の背に揺られながら、横になったまま、去って行った…
「…済まぬな…だが…これが…わしに出来る最後の…おぬしらへの…けじめなのだ…」
そう呟くと、伏羲もまた、何処かへと去って行った…
―あとがき―
道行マリル様、突発リク権プレゼント企画にご応募頂き真に有り難う御座いました。
改めてお礼申し上げますm(_ _)m
さて道行マリル様よりのリクにより書かせて頂いたのですが…書き上がって見ると…うう…
済みません…あまりリクに添えてないかも…しれません…(-_-;)
リク内容はフッキ&楊ゼン(シリアス)だったんですけれど…
何故か邑姜ちゃんと老子が…
でも取り敢えずこれを送らせて頂きます(折角書いたので…)
それでは、ご不満な場合は、仰って頂ければ、時間は掛かると思いますが、書き直しを致します。
それでは、キリ番HIT&リクエストどうも有り難う御座いました。
―遅くなって申し訳ありませんでした<(_
_)> ―RINより―