ちょっといいか、と大きな隈を作ったリーバーに呼び止められたのが、かれこれ2時間前。
 アレンが食堂でみたらし団子をいっぱいに頬張っていたときのことだった。
 なんでも、箱舟で繋げた記録の無い扉が発見されたらしい。
 そもそも方舟は千年伯爵の所有していた未知の空間転移装置。何の因果かエクソシストのアレン・ウォーカーとそのゴーレムのティムキャンピーが奏者の資格を手にしているために今でこそ黒の教団のもとで団員を助けているが、罠が仕掛けられていないとは限らない。
 そう危惧することはもっともで、だから方舟に関して何かおかしなことがあるたびにアレンが呼び出されるのはもはや恒例だった。
 最初こそ警戒していたものの常に多忙な教団において多少のおかしなことなんて珍しくなく。この日もアレンを含めたすべての団員が誰かの記録し忘れか何かだろうとたかをくくっていた。
 ところが。
「え? ・・・・・・・うわぁああああ!?」
「アレン!?」
 扉の先に地面は無かった。一歩踏み出していたアレンは重力に従って吸い込まれるように落ちていった。
 慌ててジョニーが手を伸ばすが、そのときには地面は元通りとなっていて、ただ空部屋が広がるばかり。
 ざわめく科学班の頭上でティムキャンピーはパタパタと慌てたように羽ばたいていた。




ワンダー  




 ・・・・・・・ここ、どこ?
 アレンは落ち着かなさげにきょろきょろと辺りを見回した。
 扉の先の暗闇に落ちたと思ったら、次に目の開けたときにはふかふかのソファの上にいた。
 方舟のときと似たようなシチュエーションだが、方舟の中ではないようだ。
 やたらとつくりの細かい細工がそこかしこに施されている部屋。ソファの皮もバネもおそらく一級品。
 まったく見覚えが無い。
「とりあえず、出よう」
 自分に言い聞かせるようにして立ち上がる。やわらかな絨毯を歩いて金属製のドアノブに手をかけた。
 そのまま回せば、鍵はかかってないようですんなりと開いた。そのかわり、ざわざわとにぎやかな音が聞こえてくる。
 廊下にも赤い絨毯が敷いてあり、シャンデリアがきらきらと光を発していた。
 想像通りというか、ここはどうやら貴族の屋敷の中らしい。
 どうして、という疑問は置いておいて、とりあえず声のするほうへ行ってみようと歩き出した。
「あら?」
 廊下からまるで舞踏会に行ってきたかのような装いの女性がアレンに気づき、声をかけた。
「あなた、見ない顔ね。どこのご子息? 舞踏会は初めてかしら?」
「え、いや、僕は、えっと・・・」
「あー! アレンそんなところにいたぁ!」
 すっかり困り果てたアレンの後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
 思わず振り返ると、まったくもう!と言いながら駆けてくる。
 いつものツンツンした髪型が整えられているが、それは紛れも無く、
「ロード!」
「ごめんねマダム。アレンはこういうところ初めてだからさ。また今度ね」
「あら、千年公の親戚だったのね。ふふ、それじゃ次の機会には娘の相手をしてあげてね」
「駄目だよぉ! アレンはボクのだもん」
 アレンは会話についていけずに呆然としている。
 舞踏会? 千年公って、つまり伯爵だよね。娘の相手って?
 ロードは会話を終えるとアレンの腕を掴んで先ほどの部屋に連れて行く。
 そこでロードはやっとアレンのほうを向いてにっこりと笑ってみせた。
「久しぶりぃ、アレン」
「えっと、ロード、ですよね」
「他に誰がいるんだよぉ」
 ムッとふくれてみせるロードに、アレンは正直状況についていけない。
 目を白黒させるアレンにロードはしかたないとばかりに小さくため息をついてみせた。
「まあ、もうすぐ千年公が来ると思うから説明は千年公に任せるよ」
「は、伯爵が!?」
 来るんですか、と続けようとしたところで扉がバタンと開いた。
 いつも通りのどこかファンシーなマシュマロボディ。シルクハットから覗く大きな長い耳。
 正直、その姿では舞踏会では相当浮いたのではないかと思う。横でロードが、千年公着替えてきたんだ・・・、と呟いたのはアレンの耳には届かなかった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 世界を終焉へと導くノアの親玉、千年伯爵。
 はたまたそれを阻止しようとするノアを宿したエクソシスト、アレン・ウォーカー。
 思わぬ形で顔を合わせた二人に、気まずい沈黙がおりた。



「・・・つまり、何ですか。毎年この時期になると舞踏会場への扉が勝手に開くようにプログラムされてたってことですか」
「そういうことデスv 我輩のモノだったのですからとやかく言われる筋合いはないと思うのですガ?v」
「・・・まあそうですけど」
 つまりはそういうことだった。
 千年伯爵の持ち物であった方舟は便利なようにいろいろとプログラムされていたらしい。
 それを(不可抗力とはいえ)勝手に奪ったのは教団なのでアレンもそれ以上は口をつぐむ。
 けれどあることにふと思い当たって再び口を開いた。
「あの、それでですね。僕はどうやって帰ったらいいんですか?」
 アレンの切実な疑問に、千年伯爵とロードがキョトンとした。
 予想外の反応にアレンも戸惑ってしまう。
 アレンがここに来てしまったことはまったくの不慮の事故だ。伯爵側としても予想外のことだろう。
 だからこそ、紛れ込んでしまったアレンが帰ることはお互い望んでいることだと思ったのだが。
「まだいいじゃん。せっかく来たばっかりなんだし」
 そう言ってアレンに抱きついたのはロードだ。
 わっ!と声をあげて、アレンは思わず伯爵をうかがってしまう。ノアとエクソシストが懇意にすることを伯爵はよく思わないだろう。
  と、思ったのに。伯爵は少し考え込んだ様子をみせると、ロードに向かって驚くことを言った。
「・・・・まあ良いでショウv ロード、アレン・ウォーカーをあの部屋に案内してあげなさイv 身なりを整えないといけませんからネv」
「・・・・・・はい!?」
「りょーかい! ほら、アレン行くよぉ」
 しばしの思考停止。その間にロードはその細い腕に似合わない力でアレンを扉に引きずっていき、振り払うことも出来ないアレンにはもはや抵抗するなんて選択肢はないも同然で。
「どこにって聞いてもいいですか!?」
「ナイショ〜」
 どこまでも楽しそうなロードに抗議の声をあげようとしたところでアレンは本日2度目の落下の感覚に襲われた。



 ロードの到着を告げる声と共に目を開けると、そこはやはり知らない部屋。
 ただ、予想していたゴシック調な部屋や高級な調度品が輝いているような部屋なんかではなく、いたってシンプルで、質の良さそうな家具が品よく置かれている、そんな部屋だった。
 アレンがあたりを見回している間にロードはスタスタとある場所へまっすぐ進んでいく。
 どうやらクローゼットのようだ。そういえば、と身なりを整えろと伯爵に言われていたことを思い出す。
 ならここは衣裳部屋なのか。
 たしかに誰かがここに住んでいる気配はまったくない。ただ、真っ白なベッドや机が誰かがここに住むことを前提に作られたのだと主張していた。
「ロード、ここは誰の部屋?」
「誰も住んでないよぉ。まだ、ね」
 返事が返ってくると同時に洋服が降ってきた。糊のきいた白いシャツと黒のスラックス。他にもポンポンと投げられる。
 アレンはあらためて今の格好を見下ろす。教団から支給されたシャツとくたびれたスラックス。ベストは少し小さくなって、そろそろ換え時。リボンタイは鮮やかだった緑色が少しあせている。それでも最初に舞踏会場に落ちたことを考えると、カーディガンでなくてよかったと思う。
 最後に箱から新品の靴まで出てきて、アレンはそれを素直に受け取る。
 こうなったら罠だとか考えるのは無しにして、厚意に甘えてしまうことにした。
 着替えをすべて出し終わったはずなのにニコニコと部屋に居続けるロードには退出を願い、アレンは新品のシャツに袖を通す。
「どうせ伯爵の財力はすごいんだし、そもそも僕らが日夜頑張ってるのも伯爵のせいなんだから、別にバチはあたらないよ。うん」
 ブツブツと自分を納得させながら着替える。
 そうしてすべて見につけ、驚いたことがあった。
 シャツもスラックスも靴も何もかも新品のうえに、サイズがピッタリだったのだ。
「終わった? アレン」
「ロード」
 振り向くとロードが邪気の無い笑みで扉の向こうから顔をのぞかせていた。
 その笑みはすべてを見透かしているようで。
「・・・・気づいたでしょ。アレン、ここはアレンのための部屋だよ」
 気づきたくなかった、とどこかが言うのと同時に、やっぱり、とどこかが納得する。
「洋服も机もベッドもなにもかも、アレンのため。ねぇ、アレン、千年公はアレンも家族だって認めてるんだ。待ってるんだよ」
 黙りこむアレンにロードはそれ以上言わなかった。
 ズルい、とアレンは胸中で呟く。
 ロードはアレンの手を引いて、薄暗い廊下を歩いていく。
「たぶん三ツ星だよぉ。ラッキーだね、アレン。伯爵たまに連続で手作りハンバーグ出してきたりするからね」
「・・・・・・」
「あれ、お腹すいてない?」
「・・・少し」
「よかった! あとでお勧めデザート教えてあげるねぇ」
 誰も居ない廊下を二人は進む。メイドアクマがいないのはもしかすると伯爵の配慮かもしれない。
 行き先はロード曰く三ツ星レストラン。
「・・・よし!」
 いい加減、腹をくくる。おいしい料理を食べるときに悩んだり考え込んだりするのは失礼だ。
「ロード、僕すごく食べるんですからね。伯爵が破産するかもしれませんよ」
「うっわーそれはすごいや。でも千年公、きっと喜ぶよぉ」
 伯爵の前にレストランが破産するかもねと、物騒なことを言いながらロードは屋敷の出口にあたる扉を指差した。
「千年公がきっと待ってるよ。あ、移動は馬車だからねぇ」
「うわ、馬車とか僕初めてです」
 ギイと重い音をたてて扉が開かれる。
 眼前に現れる新しい風景を、アレンは新しい気持ちで見つめた。





* * * * *
 本当にお待たせしましたRIN様!
 書きあがっていることは書きあがっていたのですがなかなか思うように時間がとれなくて・・・。すみませんでした。
 しかも中途半端だし伯爵ほぼいないしこれノアレ?だしで・・・、不完全燃焼だったのでもう一つ書いてしまいました。
 えっと、こんなものですみませんが煮るなり焼くなり好きにしちゃってください



 ―読後感想―

 素敵な小説有り難うございます秋桜様。
 
 『これノアレ?』と気にしておられますが、大丈夫ですRINにとっては充分ノアレの範囲に入りますので…
 …だって伯爵が『アレンの部屋』を用意して『家族』と認めてるって…充分ノアレですよ(ただ教団を裏切ってないと言うだけで…)
 …あっ!なんか偉そうですね。済みません…<(_ _)>(何様だお前は…)

 それで戸惑ってるアレンが可愛いですv
 そして最後の開き直るアレンとロードの遣り取りにはニマニマしてしまいましたv

 (相変わらず変なヤツで済みません)

                               ―それではまたの機会に―RIN―