…目の前の若い道士に何故か見覚えがある様に思った…
―忘れ難きもの―
この時、豊邑の民は静かに、しかし確かな怒りを胸の内に秘めつつも喪に服していた… 喪主は西伯候・姫昌、弔われるのは先代・季歴―季歴の死と同時に姫昌は祖父の進めもあって、西伯候を継いだ…
この時代の成人は早い、姫昌も当然成人していたが、とはいえいかに生まれた時から次代としての教育を受けていたとは言えども、それでも成人したての姫昌にはあまりにも全てが早すぎた…
それは誰の目にも明らかではあったが…姫昌は多くの人々に助けられ見事に勤め上げていた…
葬儀が無事に終わり、ようやく一息ついた頃、一人の女官が慌ただしく廊下を駆けてくるのを見つけ、姫昌は穏やかに問い掛ける。
「その様に慌てて一体どうしたのだ?」
その女官は普段は落ち着いた物静かな人物だった。
「姫昌様…朝歌から太師が…王の名代でお出ましに御座います!」
女官がそう言った時だった…
「久しぶりだな姫昌よ、西岐はよく治まっているようだな、所で太公に挨拶をしておこうと思うのだが…」
そう言い、聞仲は有無を言わせず太公のもとへと向かった。
聞仲が太公のいる筈の、その部屋の手前まできた時だった…
「お待ち下さい聞太師、太公様は太姜様と共にお客様をお迎えで御座います…」
そう言う女官に聞仲は…
「無礼は承知の上だ!だが私も急いでいるのでな、通させて貰うぞ!」
そして聞仲は扉を開けた!
そこには先の女官の言葉通り、姫昌の祖父母である太公と太姜…
そして…もう一人…二人の客と聞いて聞仲が想像していたのとはおよそ異なる…否その時、聞仲より少し遅れてやって来た姫昌にとっても予想外のその人物は、まだ少年のようだった…
「これは…聞太師、どうなさいましたか?申し訳ありませんが今は来客中、ご用ならば、用件の程は後ほど伺いましょう」
当然の闖入者に対し落ち着いた声で太公は問い掛け、そしてそう告げた。
しかし内心では何故こんな時にと思っていた。
「無礼の方は詫びよう、しかし私も忙しくてな…挨拶無しに帰る訳にもいかぬし…やむなくと言うところだ」
「そうですか、では…昌よ太姜と共に客人に庭を案内して差し上げると良い…」
その言葉と先程からの祖父母の様子から、姫昌は太公が何故かは判らないまでも、この状況を快く思っていない事を悟り、即座に二人を外へと連れ出した…
庭園を案内しつつ、姫昌は正直、気まずかった…此処まできても、まだ姫昌はこの自分と差ほど年の違わぬ少年が何者なのか…その素性を知らなかったのだ…とは言えその事を聞くのは、今となっては聞きづらく…どうしたものかと思案していた時…
「昌、どうかしたのですか?」
優しいその声に顔を上げるとそこには心配そうな祖母と穏やかな少年の顔があった。
少し考え事をしていたと言うと、祖母は無理はしないようにと言った。
「太姜様…あの…」
少年が何事かを祖母に囁くと祖母はああと頷いた…
「そうだったわね、昌にあなたを紹介しないとね…」
「あの…御婆様…その少年は一体…」
姫昌は祖母の言葉にようやくその言葉を口にすることが出来た。
「この子はね私の…遠縁に当たるのだけど…とても遠い所に住んでいるから…あなたが知らないのも無理は無いわね…」
そう言って祖母は少年を振り返った。
「姜望と言います、よろしく。」
そう言い少年は手を差し出した。
姜望と話してみてまず驚いた事は、彼の博識振りであった…姜望は自分は12歳だといったが…到底そうとは思えぬ程であったのだ…
姫昌は様々な事を姜望と話した…
たわいもない話しの様であったが、その実、これからこの西岐を治めていく立場にある姫昌には後々必要とするであろう事を、決して飽きさせず、疲れさせずに姜望は話した…
そんな姜望の話しに、その意図に気付いているかはともかく、真剣に聞き入る孫の姿に太姜は嬉しそうに微笑んでいた。
そんな風に時を過ごしたが、不意に姜望は話しを中断して顔を上げた…どうしたのかと姫昌が問おうとした時だった…
そこには聞仲がいた。
「太姜様、僕はもうそろそろ…」
「えっ…もう…行くのですか?」
立ち上がった姜望に姫昌は思わず顔を上げてそう問うていた…彼には、彼の事情があるだろうという事は分かっていたのに…
「もう時間が無いんだ…」
彼は寂しそうにそう言った…その言葉に彼も名残を忍んでくれているのだと悟った…
「解りました…でも…また会えますよね…」
「うん…また…いつか必ず会いに来るよ…」
そう言って彼は去って行った…
去って行った少年の背を見送った後…聞仲は太姜に問い掛けた。
「あの少年は何者だ、何故この城にいた!」
「あの子は私の遠縁の者です…家族を亡くし…数少ない血縁である私に会いに来てくれたのです…」
「そうか…まあ良い…おかしな事は考えないようにな」
聞仲は太姜にそう言うと姫昌に向き直り告げた―
「姫昌よ、色々あったが、今回の事は帝乙陛下も残念に思っておられる、今後はお前が後を継ぐ様だが…お前には陛下も期待しておられる…くれぐれもその期待、裏切らぬようにな」
そして聞仲もまた去って行った…
「こんにちは聞太師」
庭園の入り口には先程立ち去った筈の少年が立っていた。
「お前は…何故此処にいるのだ」
「貴方は僕に聞きたい事が有ったんじゃないですか?」
「確かにな…だが、何故そう思う?」
「一つは僕が此処にいる理由、そしてもう一つは…貴方はあの少し前からあそこにいましたね、そして僕らの会話を聞いていて僕に違和感を感じた…」
「私があそこにいたのに気付いていたか…気配は消していたのだがな…」
「でも…完全じゃ無かったでしょ…」
「…太姜はお前の事を遠縁の者だと言った、姫昌はお前を姜望と呼んでいたな、お前は何故此処にいる、そして…お前は何者だ!」
「…貴方にお会いしたかったんです…聞太師…狐狸精を追い払い、一度腐敗した王朝を立て直した貴方に…」
「お前は…そうかお前は仙人界の者か…だが何故だ…」
「僕は狐狸精に一族を滅ぼされ、その後仙人界にスカウトされました…その時に狐の事も貴方のことも老師から伺いました…最も貴方の事は…箕子様から以前…」
「箕子様を知っているのか!」
姜望の言葉に聞仲は目を見張る、箕子は王弟で民に慕われる有能な王子であった。
「ええ…仙人界に上がる前に一度お世話になりました…」
「しかし上がったばかりでよく降りて来られたな」
「実は無理を言って…内緒で降りてきたんです…季歴様は…僕にとって数少ない血縁でしたので…」
「そうか…お前は仙人になりたいのか…」
「はい…仙人になって偉くなって、狐狸精の様な悪い仙人をやっつけて平和な人間界を作りたいんです!」
「そうか…それならいつかは下山するのか?」
「はい、そのつもりです!」
「ならば、その時は朝歌に来るがいい、待っているぞ!」
そう言って聞仲は去って行った、その背を見送ると姜望と名乗ったその少年は全く反対の方向…庭園の奥の人気の無い方へと向かって行った。
「いいんですか?姜師叔あんな事話して」
そう言ったのは白い鶴の妖精だった。
「何だ白鶴、聞いておったのか」
姜望は先程までの純粋そうな少年とは同一人物かと見る者がいたら疑うほど年寄り臭い態度になっていた。
「どうなっても知りませんよ、あなたが『崑崙の太公望』がここにいると言うだけで充分問題なんですからね」
「うるさいのぅ、どうせあやつにはわしが道士である事位は始めからバレておったよ…だからこそ余計な事を勘ぐられぬ様に、敢えて色々話したのだ、上山したての見かけ通りの子供の振りをしてな…まぁ、実際わしは上山したての子供だが…それをあやつがあの話しからどの様に受け取ったかはあやつの勝手だからのう」
「師叔…あなたって人は…」
「別にわしは嘘は吐いておらぬぞ」
脱力する白鶴童子に姜望否太公望は呵々と笑ってそう告げた…
姫昌も聞仲も少年と別れる時もう一度会いたいと願った…この願いは数十年後…彼等自身そうとは気付かぬ内に確かに叶えられる…
そして彼等がそうと気付いたのは…奇しくも二人共にその人生の最後の時…共にそれは…形は異なれど…彼の少年に看取られてのものだった…
…太公望…お前は…真実純粋な…優しい男なのだな…会えて良かった…
―終わり―
―あとがき―
申し訳ありません、遅くなってしまいましたm(_
_)m
それなのに大したことの無いもので、済みません(T_T)
えーとこれはカカオの実様からの300HITのリク小説何ですけれど…リク内容は…姫昌か聞仲をとの事だったので、それなら両方書こうと思ったのですが…あの二人を同時に出すとなるとどうしても平和な時代が一番無理がないという事で…結果は封神計画から遡る事、約40年程前という事にしちゃいました…
姫昌は子供だし、太公望は子供の振りしてるし、3人の絡みは少ないし、ホントにダメな物ですけど取り敢えず出来うる限りの事はしました…ご不満なら仰って頂ければ新たに書き直しますが、それでも取り敢えずはこのような物ですがどうかお納め下さい。
―それではまた―RINより
―追記―
色々見直していて、変換ミスを発見(…と言ってもミスと言うほどでもないかな〜などとも思いつつ…)修正致しました…
リクエスト作品で、しかもお贈りしてから随分経っているので非常に申し訳なく思っております。