「……さて…この子の名はどうするかの……お前達…誰ぞ聞いておるか?」
 …薄暗いその部屋で…三代目は赤子を愛おしげに見つめつつ…その場に集まった忍達に問い掛けた…
 その赤子は…その日の早朝に生まれたばかりの赤子だった…
 …生まれたばかりのその赤子は…その日『父』を亡くした…
 …そして『母親』も絶対安静の状況で…子供の『名前』を付けるどころではない…

 …それに何より三代目は知っていた…
 …子供が生まれる随分前から…
 …赤子の『父親』が…生まれてくる『子供』の『名前』を真剣に考えていたことを…
 
 …しかも…それが…恐らくは総てを覚悟の上での事だという事も…

 …だから聞いた…

 …『誰か』になんらかの形で…その『名前』の事を話しているだろう事を確信して…

 
 
名付けの意図―序―


 「…う〜ん…どれが良いかなぁ〜?」

 ―其処は四代目・火影の執務室…
 …机に向かって腕組みし、なにやら真剣な表情で呻り声を上げているのは…
 …二ヶ月程前に火影になって、そしてすぐに結婚し、里中の女達を泣かせた当の本人・木ノ葉隠れの里の若き里長・四代目・火影その人だった…
 
 「……何やってるんですか?ちゃんと仕事して下さい四代目」
 そう言って執務室に入ってきた銀髪の少年・はたけカカシは、あたり一面に散らばっている数枚の紙片を拾い上げた。
 「あっ!カカシくん!任務終わったのかい?」
 執務室に入ってきた、かっての弟子の姿ににっこりと穏やかな笑みを浮かべながら四代目は『おかえり』と続け…そして…
 「…ああ!それと!僕いま休憩中だから『四代目』じゃなくて、『先生』って呼んで欲しいな〜カカシくん」
 「サボってなんていないよ〜」などと言いながら、ニコニコ笑ってなどいるがその笑顔に何処か不吉なモノを感じ取り、カカシは…
 (…せ…先生なんかコワイ…こ…これは悪い時に来ちゃったかな…やっぱ…こういう時は…逆らわない方がいいね…うん…)
 …内心は恐々とした様子で…しかし出来るだけ表面上は冷静さを装い(…本人としてはだが…)『…わ…解りました…先生…』と答え頷く…
 「…それでね〜カカシくん!君これから時間あるよね、任務終わった様だし!実はね、ちょっと相談に乗って欲しい事があるんだけど良いよね!『僕と君の仲』だもんね!」
 …そう言う四代目の様子は一見すると嬉々として随分楽しそうな様子にも見えるが…現在目の前でその言葉を言われているカカシには違った…

 …その時カカシには…己の師が『悪魔』に見えた…
 …『天使の顔』を持った『悪魔』に…

 「…わ…解りました…それで…相談ってなんですか…」
 四代目の様子に何か不吉な予感を感じたカカシであったが…
 …だがここで断れば更に不幸な思いをする事になると、カカシは嫌と言う程知っていた…
 …その為断れず、カカシは覚悟を決めてそう答えたのだった…

 …四代目は…僅かに瞳を伏せ、微かに息を吐き口を開いた…
 「…そう…有り難う…カカシくん…やっぱり良いね〜『こういう師弟関係』って…」
 …何処か遠くを見つめつつ…
 「…僕はね…ずっと憧れてたんだよ〜こういう風な…『師弟のコミュニケーション』ってやつに…」
 …少し嬉しそうな…はにかんだ様な笑みを浮かべ…
 「…なんだかほら『家族』みたいだな〜って…僕には『家族』がずっといなかったからね…だからずっと…子供の頃から憧れてたんだこういう関係に…」
 …そしてゆっくりとカカシの両肩に両手を乗せ…
 「…なのに…自来也先生はああいう人だから…僕等の事なんか殆どほったらかしで…」
 …瞳を瞑り…僅かに俯き…深く深く嘆息を吐いた…
 「…こういうふうに『相談』したくても『相談』になんて乗ってくれないんだよ…」
 …悲しそうに…酷く悲しそうに…訴えかけるその声…
 …それだけならば…或いは…カカシも多少は同情したかも知れない…
 …たとえそれが一瞬だけであろうとも…
 …しかし…現在この瞬間カカシはそれどころでは無かった… 
 「…酷いと思わない?ねえカカシくん…やっぱり『師弟』は『コミュニケーション』が『大事』だよね!ねっ!」
 …四代目のこの言葉に返事を返す余裕などカカシには無かった…
 
 (…お…思いません!オレはっ!少なくとも『こんなコミュニケーションとやら』はいりません!!…せ…先生はオレをオモチャにして遊んでるだけじゃないですか〜!!都合の良い時だけ『師弟のコミュニケーション』だなんて言わないで下さいよ〜!!振り回されるこっちの身にもなって下さい〜!!)
 …決して口に出す事など出来ないが…それこそがカカシの思いだった。
 …迂闊に口にしようものならば…待っているのは身の破滅だと解っていたから…
 
 …ちなみにこの時カカシが返答を返す事が出来なかったのは、何も『師への恐怖』のみではなかった…
 …ただ単に現実として余裕が無かったというのもあった…
 …何故なら…
 …この時カカシは…おどろおどろしい…有無をも云わせぬ雰囲気を醸しだし『ねっ!ねっ!』と力一杯凄まじい勢いとスピードで四代目に、両肩においた手で持ってガクガクガクと揺すられていたからであった…

 …そしてそれは暫く続いた…
 …カカシが気絶するまで…

 「……カ…シ…く…ん……カ…カ…シ…くん……カカシくん!!」
 …遠く微かに聞こえる途切れ途切れの声に呼ばれ、微かにパチパチと優しく頬を叩かれているといった感覚に気が付きカカシが目を覚ましたその時だった…
 「あっ!気がついたかい?カカシくん!ダメだよ〜話の途中で寝ちゃったりして〜そういうとこがまだまだ子供だね〜♪」
 にこにこにこにこ、そういう擬音が付きそうな程の満面の笑みを何が嬉しいのか浮かべている師がそう言った。
 「先生心配したんだよ〜」というその声は思いっきり弾んでいる…
 …カカシは即座に『嘘だ』と思った…だがやはりそれについてはつっこめない…
 …それよりカカシは…師があまり怒っていないという事に内心で安堵の息を吐いた…
  
 「…そ…それで…先生…『相談』ってなんですか…もしかしてさっき言った自来也様との事ですか?」
 …カカシは恐る恐る聞いてみる…
 …先程の様な目に遭わされる可能性の高さに恐れを抱いて、しかしそれでも聞かないわけにも行かずに…
 「…へ?…ま〜さ〜か〜!違うよ〜!でも心配してくれたんだね〜vカカシくん先生嬉しいよ〜v君は優しいイイコだね〜v」
 始め『あはは』と笑って言った四代目のその言葉は最後の頃には、またも『にこにこにこ』といった擬音が付きそうな満面の笑みに変わっており…
 …それを見てカカシは微かに息を吐き…
 (…まいったな〜…オレのコト…そんなフウに云うの…あなたぐらいですよ…先生…)
 …表情には出さずそう思った…
 「あっ!ちょっと照れてるね〜♪可愛いね〜カカシくんは〜♪」
 …つもりだったが…つもりでしかなかったのか…四代目にそう言われてしまった…
 「せっ!先生!それで相談ってなんなんですか!?」
 カカシはこれ以上からかわれるのは堪らないとばかりに話題転換を図るべく慌てた様子でそう言う。
 …四代目はそんなカカシの様子にホントカワイイな〜などとにこにこ笑みを浮かべながらも…
 「ああ!そうそう聞いてよカカシくん!僕ね!もうすぐお父さんになるんだよ〜vv」
 もう最高に幸せといった様子の四代目のその言葉に、しかしカカシは疑問を抱く…
 「それはおめでとうございます先生。…でも先生…確か先生が奥方とご結婚されたのは…先生が火影になってすぐ…二月も経ってなかったと思うんですけど…」
 『いくらなんでも早過ぎるんじゃないですか?』『先生の気のせいじゃ?』とカカシは内心で思いながら問う…
 (…それにそれならどうして先生は機嫌が悪かったんだ?)
 …これは絶対に気の所為なんかじゃないと思いつつ…
 
 カカシの言葉に四代目は内心でくすりと笑う…
 …やっぱり君はカワイイね…と…

 「…う〜ん…何となく…カンでね…そう思ったんだ…僕も彼女もね…」
 はにかむ様に言った四代目の言葉に…
 …なんだ…根拠なんてないんじゃないかと呆れて、カカシは小さく嘆息を吐く…
 …カカシは…奥方のコトはよく知らないが…要するに似た者夫婦なんだなと思った…

 「…それで現在彼女病院に行ってるんだけど…僕も彼女に付きそうって言ったらみんながダメだって!仕事しろって言うんだ!」
 憤慨した様子で拳を振り回す四代目の言葉に…
 …成る程それで機嫌が悪かったのかと納得する…

 「だから!結果が判るまで『火影』の仕事は休憩だよ!百歩譲って此処にいるんだからね!」
 怒りも露わにとんでもないことを言う四代目の様子にカカシは慌てて…
 「せっ!せんせっ!!…」
 咄嗟に咎め掛けてしまい…刹那凄まじい殺気を向けられ沈黙する…
 「僕は彼女が帰ってくるまでずっーと『あの子』の『名前』を考えてるんだっ!!」
 辺り一面に散りばめられた紙片(…それはカカシが拾った物と同じ物で…よく見れば半紙だった…)を一枚拾い上げて四代目は力一杯そう宣言し…
 …その様子にもうこうなったら止められないとカカシは思い…
 …この部屋に入ってこなければ良かったと後悔し…
 …そう言えば…帰ってきた時…此処の周り…やたら人気が無かった様な…
 …あれは気の所為じゃなかったのかと…今更ながらに思った…

 「…だからねvカカシくん!君への『相談』って言うのは『僕の息子』の『名前』の事なんだ〜vねぇvねぇvどれが良いと思うv」
 先程までの怒気も殺気も嘘の様に…実に嬉しそうに上機嫌と言った様子でそう言いながら四代目は『何か』を書いた半紙(…恐らくは『名前』の候補であろうが…)をカカシに見せた…
 「…せ…先生…あの『息子』って…まだ…」
 己の師が恐ろしくてそれ以上を聞けないカカシに…
 「うん?どうしたのカカシくん?そんなの勿論カンだよ〜♪」
 …しかし上機嫌のままでそう言った…

 …それって絶対先生の思い込み…そう言いたそうな様子のカカシににっこりと笑みを浮かべて…
 「…なんとなくだけどわかるんだ〜v絶対息子!『男の子』だよ〜v」
 …そう四代目は断言した…

                                  ―続く― 


 ―お詫び―
 
 本文中に入力ミスを発見・訂正いたしました。
 申し訳ありませんでした<(_ _)>