プロローグ―2―

 
 草原で一人の少年が幼い妹の相手をしている…他には羊がいるだけ…
 「いいかい妹々、これからする話は二人だけの秘密だよ…約束できるね」
 「うん!二人だけの秘密ね!」
 一見…ほほえましい、ごく普通の光景であった…あたりを警戒するような羊たちの様子以外は…
 「妹々…明日は新しい遊びをしよう、僕は明日もまた羊の世話をするけど、明日は少し遠く迄行ってみようと思う、だけど一頭だけ羊をこの場所において行くから、お前はその子と一緒に僕の後を追いかけておいで…僕は水場の近くにいるからね…」
 「…兄様…一緒じゃないの…」
 「大丈夫だよ…お前が僕を見つけることが出来ない時には、僕の方から行くから…時間はかかるかもしれないけど…だから…僕が行く迄は、一人で村に帰ってはいけないよ…」
 呂望は不安そうな妹の頬を優しく撫でて笑む…
 
 「…絶対?兄様…絶対大丈夫?」
 「うん、絶対だよ…大丈夫だから…約束だからね」
 …兄はあの日、確かにそう言った…
 …でも…あの日、兄は来なかった…
 あの日、羊は私があの場所に行った途端に草を食むのを止め、代わりに歩き始めた…
 最初…羊は兄様の元へ案内してくれるのだと…そう思った…
 
 でも…そこにいたのは一人の青年…
 その人にあってすぐに…村の方から何か大きな音がした…振り向くと、遠くに沢山の白い旗が見えた…
 「…あれは殷の軍隊だよ…」
 その人はぽつりと言った…
 「…殷の軍隊…」
 その頃は未だよく分かっていなかった…その意味が…
 「…あっちに行ってはいけないよ…」
 「どうして?だってあっちには村があるわ」
 「お兄さんと約束したんでしょう?」
 「…うん…でも、どうして知ってるの?」
 不思議そうに問う少女に、青年は答えず、ただ話しを続ける…
 「だったらお兄さんが迎えに来るまで、君は村には帰れないね…」
 「…うん…」
 少し迷いながらも少女はそう答えた。
 「なら…お兄さんが来る迄…私といるといいよ…草原に一人だと危ないしね…」
 
 その後…青年に連れられて訪れた村で過ごしはじめる…青年は老子と呼ばれていた…
 
 〈老子…老子…〉
 …夢の中…少年の声が何処からか、老子を呼ぶ…
 〈やあ、王奕…いや呂望って呼んだ方がいいかな?〉
 〈…老子…あの子をよろしく…〉
 〈…あなたも…面倒な事を押しつけてくれるね…それで…いつ迎えに来るの?〉
 〈…仙界大戦が終わったら、一度そなたを訪ねよう…〉
 …そうして…少年の声も気配も消えた…
 
                        ―つづく―