―ささやかな時間― 「1」


 「女カ様、女カ様、何処におられますかー」
 幼い少女の声が宮殿に響く。
 少女は青雲童女といって、女カに仕えているのだが、この少女がこのように騒ぎ立てる事は滅多にあることではない。
 女カはどうした事かと眉を寄せる。
 「青雲よ、どうしたのじゃ」
 女カは青雲童女に呼びかける。
 「こちらにおられたのですね女カ様、大変でございます」
 「それは分かっておる、どうしたのじゃ」
 「太昊様がお出ましにございます」
 青雲童女のその言葉に、女カは思わず、己が耳を疑った…

 「女カよ、人界に遊びに行かぬか?」
 久方振りに会った夫の言葉に女カは溜息を吐いた…

 「伏羲…何処に行くのじゃ、我らが軽々しく人界になぞ…」
 「要らぬ心配だ、今日は特別だからな…」
 「…伏羲?」
 「原始天王を説得して、我ら二人分の休みをとったのだ」
 訝しむ女カに伏羲は事も無げにそう言った…
 「な…こんなに急に休みなぞとれる筈が…」
 「神農と軒轅それにフク妃と瑶姫が協力してくれたのでな」
 「…伏羲…それは…」
 楽しげに笑う伏羲に女カは恐る恐る問おうとし…そして出来なかった…
 「何だ…女カ」
 伏羲の…そのにこやかな笑みに…
 「…い…いや何でも…」
 「…では往くぞ…良いな」
 
 …そして二人は伏羲の空間移動で人界へと向かった…
 
 そこは小さな村だった…
 小さいながらも、にぎやかで明るく活気に満ちた良い村だった…
 「伏羲…ここは…」
 「苗(ミャオ)族の村じゃよ…」
 「…伏羲…」
 女カが何かに気が付いた様に村人達を見つめる…
 「ずっと…気にしていたのだろう…」
 女カがハラハラと涙を零す…
 「暫しの時…我らの名を、決して出してはならぬぞ…よいな…」

 伏羲のその言葉に女カは静かに頷いた。

 人界の苗族の村―
 その村は活気に満ち溢れていた…
 
 「いまは…我らはただの旅の兄妹だ…よいな」
 「…はい…分かりました…兄上…」

 ―その日…その村は祭りの支度で賑わっていた―
 近隣の村々から、多くの人々が集まっていた…
 …だが、彼等は皆、見知った者ばかりで…
 だからこそ…その二人は目立っていた…
 
 「もし…そこの方々、旅の方ですか?」
 苗族の長老は、一見して余所者と判るその二人に話し掛けた。
 本来なら、旅人の一人や二人位、気にするには及ばないのだが…この二人はただの旅人と割り切る事も出来ず、話し掛けずにはいられなかったのだ。
 …いや…気が付いたら話し掛けていた…その方が正しいだろう…
 「うむ、旅の途中なのだが…昔この辺りに住んでいた事があったので、寄ってみたのだ…」
 そう青年は言った…

 「そうでしたか、それでしたら今夜は村に泊まっていって下さい、今夜は特別な祭りの夜なのです…」
 長老はそう言ってその二人を村に留めた…

 「…何故かは解らぬ…だが…あの方々と共にもっと長く…せめて祭りの夜を過ごしたいと…そう思ったのだ…」
 何故と問う村人に長老はそう答えた…

 長老に勧められるまま村に留まった二人は、祭りの夜を村人達と共に過ごし…宿は今は使っていない、小さな包(パオ)を借した。
 そして早朝…二人は村を去って行った…

 二人は遠くに苗族の村を見つめながら其処にいた…
 「…そろそろ教えてくれても良かろう?一体どうやって…否どうして二人分の休みなぞとったのじゃ?」
 「…天地創造の頃より…我等は随分と長いこと働いた…そして…これからも…」
 「伏羲…その様な事は…今更じゃ…いま私はその様な事を問うたのでは…」
 「解っている…そなたの言いたい事は…」
 「…伏羲…」
 詳しいことは何も言ないがと、伏羲は前置きして…
 「…近いうちに人界の事で、我等はこれまで以上に忙しくなる…だから…人界に視察も兼ねて行っておきたいし…それに…今宵は七夕の祭りだからと…我等はここ暫く忙しすぎて逢瀬もままならぬのだからと…そう原始天王にな…」
 遠く苗族の村を見据えていた伏羲の顔がいまは僅かに伏せられており、女カには見えなかった…
 「…七夕の祭り…だから休みが取れたのか…我等が逢瀬もままならぬがゆえに…」
 女カもまた心なしか顔を伏せる。
 「…では…そろそろ帰るか…」
 
 そうして二人は…その空からも姿を消した…
 人界にも…もう彼等はおらず…
 そのささやかな逢瀬も終わる…
 
                                    ささやかな時間〜1〜七夕の逢瀬―終わり―

 ―あとがき?―
 またしても、伏羲女カの過去ものです。伏羲から女カへのデートのお誘いって所でしょうか…
 ちなみに…伏羲はお忍びです…
 
 用語解説の所の(…ネタバレ…)と書いてある所はネタバレを避けるため今はこれ以上は書けないという意味です。

 ようやく行き先が出てきました…
 済みません…今回…短いです…m(_ _)m

 長くなりました、随分遅くなってしまいましたがこれで七夕企画は終わりです。
 ―ここまで読んで下さった方々へ―
 長らくお付き合い頂き本当に有り難う御座いましたm(_ _)m
 ―用語解説―
 青雲童女:女カの弟子 太昊:伏羲の尊称  原始天王:道教最高神(…ネタバレ…) 神農・軒轅:天界三聖(…ネタバレ…) フク妃:伏羲の娘、洛妃或いは洛神とも称される(洛水に棲む河伯〈水神〉の妻) 瑶姫:または雲華夫人(某小説に出てくる瑶姫とは別人…ただし多少影響受けてるかも…)(…ネタバレ…) 苗族:伏羲と女カを始祖とする民族