ターニングポイント―3―

 「呂の邑が殷の人狩りにあったってよ…」
 「呂の邑って確か…」
 「ああ…子牙様の…」
 「…おい…子牙様って確か…」
 「あっ!!」
 「…おい…あそこ…」
 「やばい!」
 話していたのは馬族の男達…
 話題に上っていたのは、過日滅んだ羌の村…
 少女が一人、そんな男達を見ていた。
 少女を見つけて、男達はそそくさと立ち去って行った…
 少女は声を掛けようとしたが間に合わなかった…
 …馬氏…
 不意に…何処からか声が聞こえた…
 …優しく穏やかな…少年の声…
 振り向くとそこには、ずっと焦がれ続けた許嫁の姿があった…
 「あっ…呂望様…ご無事だったのですね…」
 はらはらとこぼれ落ちる涙を拭う事を忘れ駆け寄ろうとした時だった。
 …馬氏…僕の事はもう忘れて…どうか…君だけでも幸せにおなり…
 「そっ…そんな…何故…」
 そう言って馬氏が呂望に触れようとした時だった…
 …さよなら…馬氏…幸せに…
 その声と共に、呂望の姿が掻き消えた…
 「まっ…待って…行かないで…」
 
 「…待って…呂望様…」
 消えた呂望に…追い縋ろうとして、上げた声によって馬氏は目を覚ました。
 「…あっ…ゆめ…」
 馬氏の頬を涙が伝う…
 「…無理です…呂望様…」
 気丈な馬氏は人前では泣かなかった…泣くのはいつも夜…こうして目を覚ました時だった…
 
 ―数年後―朝歌・宋家荘・門前に一人の青年が立っていた。
 「…賢弟…どうして…」
 青年は宋異人という、彼の『賢弟』は実に不思議な少年だった…まるで、総てを見通しているような所があった…
 数年前―留守居役の少年に聞いた話によると、彼は孤竹国に向うと言っていたという事だった…
 ―自分は無事だから、心配しないで欲しいと、必ず帰って来るから…
 彼のその言葉と彼の無事は、彼自身の意志により、彼の許嫁とその一族には伝えられる事はなかった…
 偶に会う彼女の父母は、彼女がいまでも、夜になると嗚咽を洩らしているのだと言っていた…賢く気の強い彼女が、夜になると行方不明の許嫁を想って涙を流すのだと…
 「…あの子は…子牙様を忘れられぬのだ…これほど待っても何の音沙汰も無いのだから…幾らあの方でも生きてはおられぬだろうと思うのだが…」
 宋異人は彼女=馬氏の父・馬拱の言葉を思い出して溜息を吐いた…
 
 ―数日後―宋異人の元に早馬がある報せをもたらした…
 
 ―あとがき―
 時間的には―1―、そして―2―の冒頭―普賢・呂望との出会いの場面―より数年後になります。