忘れられし者―U―

 河岸に少年が釣り糸を垂れていた……
 「やっぱりここにいたね、望ちゃん」
 「普賢…おぬし何故…」
 「望ちゃんが此処にいるから」
 普賢は少年に最後まで言わせずに応えた。
 「直に楊ゼン君や太乙も来ると思うよ」
 「玉鼎がそう言ってたから」と小さく付け足す。
 「あやつらは何も憶えておらぬだろう…」
 「望ちゃんはこれからどうするの……」
 普賢は寂しげに問う。
 「まえと同じ…ぶらぶらしておるよ…」
 「相変わらずだね、会ってくれて嬉しかったよ」
 神界の神・普賢真人はそう言うと、嬉しそうに笑って去って行った。
 その様子に普賢が変わらず「望ちゃん」と呼ぶ少年、伏羲は笑む。
 「おぬしの方こそ変わらぬのう……」
 その言葉と共にヴンという空間が歪む音がし、彼はその場から姿を消した。
 
 伏羲のもとを普賢真人が訪れていた頃、豊邑では…… 
 「この邑ですか、太乙様?」
 「うん、この辺りではここは一番大きな邑だからね、情報収集には丁度良いと思うよ」
 太乙真人はカメラ目線で答える。
 「それでは、取り敢えず邑の人達に話を聞いてみましょう」
 「そうだね取り敢えず行ってみよう」
 そう言って、楊ゼンと太乙は豊邑の城下へと向かった。
 
 数時間後―
 豊邑での情報収集はすっかり手詰まりになっていた…
 集めることの出来た噂の内容は―曰く
 ―奇妙な占いをするがそれがよく当たる、外れた所を見たことがない―
 ―ふらりと現れ、ふらりと消える、まるで、神出鬼没―
 ―甘党で酒好き―
 ―なまぐさ・五穀等を口にしない―
 ―釣りが好きなようだが、釣る気は無い様で、よく河岸で直鈎を垂らしている―
 ―黄色の胴衣の上に紫紺の長衣を纏っているが、それが奇妙な衣である―
 ―どうみても十代前半の少年にしか見えないのに、不思議な雰囲気を持っていて、誰よりも長い時を生きている様に見えることがある―
 ―等々と言った、具体的な内容ではあったが肝心の普段は何処に居るのか?或いは、どうすれば会えるのかという事は、誰も知らなかった…
 …これでは、はっきり言って捜しようがなかった…
 ―つづく―


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