墓の前には虚ろな目をして、力無く座り込むボロボロの…傷だらけの子供…
「…あれが『アレン』…あの時の『赤子』か…」
少し離れた木陰から…男は子供の様子を伺う…
…確かにあの『子供』の面倒をみると引き受けはしたが…
「…さて…どうしたものか…」
…イノセンスのおかげで事なきを得たとは言え…よりにもよって伯爵に先を越されていたとは…
「…まあ…結局…『あの事』はバレてはいないようだし…」
…やっかいな『モノ』を植え付けられてはいるようだが…
…なんとかなるだろう…
―プロローグ―
―2―
「……ら…な…い…」
深夜…酒場から帰ってきてみれば…微かに声が聞こえた…
…なんだ?
「…マ…ナ…」
…馬鹿弟子の声か?
…先に寝てろと言ったのに…まだ起きて…
!
…まさか!?
…まさかあの馬鹿弟子魘されてるんじゃないだろうなっ!
―それは拾ったばかりの頃にはよくあったことだった…
…だが最近はそんな様子も無かった…
…だからこそここ最近は安心して夜出掛けられた…
…なのに…
…まさかぶり返したのか?
…何故だ?何が切っ掛けだ?
…いや!それより早くあの馬鹿弟子を起こさないとっ!
…そう…手遅れになる前に…
―急ぎアレンのいる部屋に向かう。
「…マ…ナ…」
―ドアを開ければ、そこには『父親』の『名』を呼ぶアレン…
「マナ…マナ…マナー!!!」
…っ!あのっ!馬鹿弟子っ!!
「起きろっ!起きろっ!アレン!!」
俺はガクガクとアレンを揺さぶり起こそうとするが、アレンは一向に起きる様子が無い…
…ちっ!聞こえていないかっ!『種』の『魔力(ちから)』かっ!
…否それより問題なのは…アレンの『闇』か…
…『種』がアレンの『闇』を『増幅』し…アレンの『闇』が『種』の『魔力』を『増幅』している…
…伯爵が人の『心の闇』に付け入る時によく使う『手』だが…
…普通はここまで『力』を発揮しない…
…やはり…『血』の所為か…
…ちっ!力ずくで『闇』を押さえ込んで、叩き起こすしかないかっ!
―呪文を唱え…術を行使する。
…『種』の『魔力』で『増幅』された『闇』は抑えられるだろうが…
…だが…アレン自身の『闇』は…
「起きろ!馬鹿弟子!!」
…お前が自分で抑えるしかないんだぞ…馬鹿弟子…
「マナー!!!」
―ガツン!!!
…馬鹿弟子が叫ぶと同時に…手に持っていた酒瓶で容赦なく殴りつける。
…目を覚ました馬鹿弟子は最初呆然としていた…
…どうやらいまだ完全には『こちら』に『戻って』はいないようだ…
…ならばもう一撃…と思い…振り上げ掛けた…その時…
「っ!」
…そう声を上げ、左手で頭を押さえる…
その様子に…
…どうやら『戻って』きたか…
…そう思い…試しに声を掛けてみる…
「五月蠅い!馬鹿弟子!さっさと起きろっ!!」
…反応があればひとまずは大丈夫だ…
…そう思っていると…馬鹿弟子はこちらを向き…
「…し…師匠?…あの…僕…頭が痛いんですけれど…もしかして『それ』で殴ったんですか?」
…のうのうとそんなことを言う…
…いつもの馬鹿弟子に戻っている…と言う意味ではいいんだが…
…まったく人の気も知らないで…ムカツク…
…何が切っ掛けかは知らないが…
…もう一度念入りに教えるしかないな…
「ちょっ!待って下さい!どこが問題ないんですかっ!馬鹿になったらどうしてくれるんですかっ!?」
そう言って噛みついてくる馬鹿弟子に…
…まったくうるさいヤツだと思う…
「なんだ?そんな心配してたのか…安心しろ、お前は元々馬鹿弟子だ」
…第一『アレ』は俺とて好きこのんでやったわけじゃない…仕方なくだ…頭部への刺激が一番だったし…なにより急いでいた…
…そうでなければ…折角買ってきた高い酒が台無しになるかも知れない危険など、この俺が冒すものか…
「!なっ!師匠っ!」
…しかし俺のそんな気も知らない馬鹿弟子は尚も何かを言い募ろうとするが…いまは正直この馬鹿で遊んでいるわけにはいかない。
「違うと言うのなら…いい加減『負の感情』を振り切れ」
俺は馬鹿弟子を向き直り、その目を見てそう言った。
「…僕…は…」
…俺の言葉に馬鹿弟子が目を見開く…
…どうやら『夢』を見ていたことは覚えているらしい…
「…魘されていたぞ…アレン…」
…迂闊に触れれば、また元の木阿弥だが…
「…大方『あの日』の『夢』を見たんだろうが…」
…だからといって放っておくわけにもいかん…
「…『夢』を見るのはお前の内(なか)にまだ『憎しみ』が残っている証拠だ」
…危険はどうせ同じ事だ…
「…いい加減世界や自分を呪うのを止めろ」
…ならば『手』を打つのは早いほうがいい…
「…お前はエクソシストだ、伯爵のアクマじゃない」
…そう…『お前』に伯爵の『声』が聞こえる筈はないんだ。
「…わかって…ます…」
「…『声』は伯爵がお前に植え付けた『モノ』の『残響』が、お前自身の『闇』と呼応しているだけだ、お前がお前の『闇』を振り切れば自然と聞こえなくなる」
…そう…『お前』の『記憶』の内(なか)に残る『伯爵の声』が…『お前』に植え付けられた『種』の内(なか)の『ソレ』と呼応し『お前』の『闇』と共鳴して『お前』を『闇』に堕とそうとしている…
…だがそれも『お前』が、いまだ自身の内(なか)の『闇』を制御出来ていないからだ…
…『闇』に呑み込まれ…取り込まれない様に…アレン…お前が『お前自身』を制御できないと意味がない。
「…いいか…何度も言うが『奴ら』と戦うにあたって『負の感情』を持つな、どうしても『憎しみ』を止められない時は戦うな、いいな」
…そう…もし『奴ら』にその『闇』を気付かれたら、容易くつけ込まれる…戦えば尚の事…
…伯爵はもとよりノアにも…そしてことによってはアクマとて気付くかもしれん…
…こいつの内(なか)の『種』の存在に。
「…はい…師匠…」
…項垂れる馬鹿弟子に…
「少し頭を冷やしてこい」
…そう言って部屋から追い出す…
…馬鹿弟子は…素直に階下へと降りていった…
…恐らく基礎鍛錬でもしにいったのだろう…
…まったく…本当にやっかいな『モノ』を植え付けられたものだ…
…だが…本当にやっかいなのは…あいつの…『アレン』の『血』か…
…伯爵に気付かれなかったのは…本当に運が良かったとしか言いようがない…
…もし気付かれていたら…
…『それ』を恐れたからこそ…『あいつ』は見付かれば殺されることを覚悟で『裏切り』まで犯し『アレン』を…『我が子』を俺に託したのだからな…
―いまはもういない親友を想い…クロスは煙草に火を付けた…
―続く―