…アレンはベッドの上で…荒い呼吸で…意識を失っていた…


 
悪夢―12―


 「ジジイ!アレンが倒れたってっ!」
 アレンを宿の部屋のベッドに横たえた時…丁度ラビが入って来た…
 「…うむ…話しておる途中にな…それよりクロウリーとリナ嬢は…?…」
 ブックマンは頷いてリナリーとクロウリーの事を聞く…
 …これから話す話は…二人には…否…余人には聞かれぬ方が良い話だからだ…
 「…リナリーがまだ本調子じゃないだろうって言って無理にでも休むように言ってきたさ…クロちゃんには…リナリーが無理しないように傍について見ていて欲しいって言っといたさ…」
 「…ふむお前にしては上出来だな…」
 そう言ってブックマンが言葉は悪いがラビの首尾を誉める…
 「…それより…なんでアレン倒れたんさ?やっぱり無茶なこと言ったんじゃ…」
 そう言ってブックマンがアレンの精神に負担になるような言動をしたのではないかと、ラビは問い質す。
 「そんなことはないわっ!普段のアレンであればあの程度で倒れはせぬ…過去の話しに及んだ途端…どんどん顔面が蒼白になっていった…恐らく…やはり『何か』があるのだろう…それも恐らくは…掘り返さぬ方が良い『何か』が…」
 …あの様子は尋常では無かった…と言い…元帥の話でもあの様にはならぬだろうとつけたした…
 「…ジジイ!じゃあ余計なことだったんじゃ!」
 ブックマンの『掘り返さぬ方が良い』と言う言葉にラビはマズイのではないかと焦る。
 「…心配はいらぬ…私の想像が当たっておれば…恐らくアレンは総て忘れておるだろう…」
 「…それ…どういうことさ?…ジジイ…なんか…わかったのか…?…」
 …意外な言葉にラビは眉を寄せる…確かに朝目覚める度に忘れている様だが…だからと言って今度はしっかり起きていたのだ…それなのに今度も確実に忘れるだろうと、ブックマンは確信している様だ…
 …それに疑問を感じ問い掛けると…
 「…ラビ…他言は無用だぞ…」
 …ブックマンは予想外に重々しい様子で言った…
 「…ジジイ…?…」
 …その様子によりラビは疑問を持つ…
 「…アレンの『養父』の『名』は『マナ・ウォーカー』…と言うらしい…」
 「!ちょっ!ジジイ!それっ!」
 …そしてブックマンの口から出た…『アレン』の『養父』の『名』に驚愕する…
 …その『名』を持つ『人物』を識っているがゆえに…
 「落ち着けラビ!…同姓同名の線もある…だが…」
 「…まさか…アレンの父親が…?…」
 ブックマンの言葉の意味する所を悟りラビは唖然とする…
 …もしそれが本当だとしたら…なんと言う皮肉だろうと…
 …そして…アレンがこの事を知ったなら…アレンは…
 …嫌な汗がラビの背中に流れた…
 「…十中八九…恐らく…そうなのだろう…そして…そうであるならば…アレンの記憶の喪失に関しては…なんらかの『封印』がされておるのかもしれぬ…どうもアレンが父親と出会った前後の記憶が相当にあやふやな様なのだ…しかも…本人はそれを普段不思議に思っていない…倒れる直前にアレンが言った事から察するに…雪の中で養父と出会い…その前後に出会っただろう『人物』に好意を…どうも良い思い出らしい…そしてそれ以前が…アレンにとっての恐ろしい『記憶』らしい…恐らくは昨夜言っておった『悪夢』の内容…」
 …確かに件の『人物』ならそれぐらいは可能であろう…
 …だがそれなら別の問題が生まれる…『封印』しなければいけない『記憶』とは一体どのようなものなのかと…
 「…仮に…アレンの記憶が封印されてるって言っても…それじゃあなんで『悪夢』なんてみるさっ?…そんな…返って苦しめてるだけさ!」
 …話をしている内に…どうやら…アレンはまた魘され始めた様だ…
 …その様子にラビは見ていられず、つい声が大きくなる…
 「…それは…何が切っ掛けかは解らぬが…恐らく解けかけておるのかも知れぬ…」
 …ブックマンも魘され始めた…アレンを見つつそう言う…
 「…なんでさ!?なんでいまになって…」
 …『切っ掛け』とは一体なんだったのかとラビは思いを巡らせる…だが…心当たりは無い…
 …そもそも…それが解れば最初からこんな話はしていないのだと歯噛みする…
 「…解らぬ…だがこれまでの推測があたりであるならば…かけた『人間』は既に死んでいる…あるいは…それが原因かも知れぬ…」
 「…でも…いままでは…」
 …術者の死亡が原因である可能性をあげる、ブックマンに、しかしラビはこれまでは大丈夫だったんじゃないかと言う…
 「…だから何か切っ掛けがあったのだろうと言っておるのだ…忘れた記憶を思い出させるような何か…或いは…単純に…術の効力の問題だったのかも知れぬ…術者が死んだからと言ってすぐに解けるとは限らぬし…封印に込められた力が残っている限りには大丈夫だったのかも知れぬ…あるいは…アレンの左目の『呪い』…あれは養父の遺したモノだと言っておった…ならば…その『呪い』があるいは『封印』に影響を与えておったのかも知れぬ…」
 …そして…切っ掛けか…効力か…或いはその両方かも知れぬ…と付け足す様に言うブックマンの言葉に…
 「…でも…なら問題ないさ…呪いは強くなった…そう言ってたさよ?」
 『呪い』の効力は強まっているから、安心しても良いのではとラビは聞く…
 「…確かにな…だが…ノアの手によって一度は潰され、その効力が失われておったことも事実だ…だとしたらその事が切っ掛けで『封印』が弱まった可能性もある…何より基本的に『呪い』と『封印』は関係ないだろうからな…恐らく効力を後押ししていたのだとするならば、それは結果的なモノなのだろう…」
 …ブックマンのその言葉に…ラビはある可能性に気付く…
 「…だとしたら…アレンは…あの後からずっと『悪夢』を見ていたかも知れないさ…」
 …ノアに目を潰された時…自分たちが出会ったばかりの頃…
 「…そうだな…可能性はある…あの後すぐに元帥のもとに行くことが決まり、アレンはよく魘されておった…だから気付くのが遅れたのかも知れぬ…しかしだとしたら…いまの我々にはなにも出来ぬ…精々…アレンの様子に気を配り…コムイと元帥に報告するぐらいだな…」
 …魘され続けるアレンを、ブックマンは痛ましげに見遣って言った…
 「コムイと元帥に?なんでさ?」
 ブックマンの言葉にラビが疑問の声を上げる。
 「コムイには今朝電話した時、アレンが幾度か魘された時の状況をこれから見て教えて欲しいと言われておる…恐らくはイノセンスの件が一時的に偶々ああなっただけなのか、それとも起こそうとすれば必ずなるのか、或いは起こさなくとも多少イノセンスに影響が出る可能性があるのか…と言ったことが知りたいのだろう…イノセンスへの影響は恐らく感情の反射であろうが、果たして夢がそれほどに影響を及ぼすのか…及ばすとしてその夢の内容とはどのようなものか…こう言ったことも含めてな…」
 …そう今朝の電話での事を更に説明する…
 「…でも…夢の内容は知りようがないさ?」
 「…だから私がアレンに話を聞いたのだ…その結果…夢は恐らくアレンの『過去』それもアレン自身の防衛本能かあるいは第三者による暗示により意図的に忘れさせられている…忘れさせる必要があるほど…恐らくは恐怖に満ちた内容…と言うことが解った…とコムイにはこのように報告する…」
 「…父親のことは言わないんさ?」
 …全ては話さないと言うブックマンに…ラビは疑問の声を上げる…重要なことではないのかと…
 「…必要なかろう…確認が取れれば別だがな…確証もない憶測による内容を他者に話すなど、ブックマンの誇りにかけて、あってはならぬことだ…」
 …そう言って勿論お前も余計なことは一切言うなとブックマンはラビを強く睨み据えて言う…
 「…じゃあ元帥にはなんでさ?」
 「…当然元帥にも最初から全ては話さぬ…しかし元帥には確認をしたいことがある…」
 「確認?」
 …そうだと頷き…
 「…コムイが言うにはな…どうも元帥がアレンと会ったのは、偶然ではない可能性があるらしい…それに元帥…クロス・マリアンはどうも件のノアと接触を持っていたらしいのだ…」
 「げ?それほんとさ?」
 …クロス元帥って一体…ラビは声にならない呟きを漏らす…
 「…うむ…だからこそ確認の必要があるのだ…アレンの父親の事も含めてな…」
 …偶然では無いかも知れぬ、アレンとクロスの出会い…ノアに育てられた可能性のあるアレン・ウォーカー…そして…そのノアと接触を持っていたらしい謎に包まれたエクソシスト元帥…生まれつき寄生型イノセンスを身に宿していたと言うアレン…そしてその『封印』されている可能性のある『過去』…これだけ揃っていて…全て偶然で片付けるのはあまりにも乱暴すぎるとブックマンは考え…
 …だとしたら…クロス・マリアンが何かを知っているだろうと考えた…

                                            ―続く―