「…はいコムイおはようございます、ブックマンどうかしましたか?はっ!まさかリナリーの身に何かっ!リナリーはどこですかっ?リナリーに変わって下さいー!」
 早朝からのブックマンからの電話を受けたコムイは、最初は一応まともだったのに、突然リナリー、リナリーと叫び始めた…
 「…落ち着かれよ室長…今日電話したのはリナ嬢の事ではない…リナ嬢は精々軽傷程度だ…むしろ精神的なモノの方が大きいかも知れぬが…それより問題なのはアレンの方だ…」
 …リナリーの事を言えばより騒ぐかも知れないが、それでも昨夜の事を話す以上抜きには出来ない…それにコムイは本当に重要な時にはこう言ったことの切り替えの出来る男だ…最初に言っておいた方が、落ち着いて会話も出来るだろう…
 …そう判断し…ブックマンはリナリーの状態を伝え…次いでアレンの事を言った…
 「!なっ!やっぱりリナリーに何かあったの!?あったんですね!?…えっ?アレンくん?アレンくんの身にも何か…いえ…何があったんですか?」
 …そしてブックマンの予想通り…コムイは最初は大騒ぎしたが…すぐに事態の重大さを察しった…
 「…少し前…正確なところは解らぬが…アレンがな…深夜に限ってどうも奇妙な夢に魘されておるのだ…」
 …そう言って…この一件の詳細をブックマンはコムイに語り始めた…


 
悪夢―8―


 「…確かにそれは奇妙ですね…」
 話を聞き終えて…コムイは言った…
 「…アレンくんは本当に覚えてないんですね…」
 そして確認するように問う…
 「…うむ…アレンはなにも覚えておらぬ…昨夜はイノセンスの暴走とリナ嬢を自らが傷つけたと言うこともあって…かなり打ちのめされ…混乱し動揺し憔悴しておった…にも関わらず…昨夜の一件について何も覚えておらず…異常な程に普段通りだった…」
 「…そうですか……」
 ブックマンの言葉に考え込む様にコムイは呟く…
 「…自己防衛本能の一種として…精神的なショックを受けた時…その内容や前後の記憶を失う…と言うことがないわけではない…だが…」
 「…責任感の強いあのアレンくんがそう言う逃避行動に出るっていうのはちょっと考えにくいですよね…」
 ブックマンの言葉を引き継いで、コムイが言う…
 …条件によっては記憶が部分的に失われる…と言うのは有り得ないことではないのだ…
 …だが…
 …今回に関しては、あまりにも奇妙だ…
 …毎夜魘されていたことを…本人のみが自覚していなかったのも…いまになって考えてみれば…今回と同じように…翌朝になると綺麗に忘れていたからかも知れない…
 …アレンの昨夜と今朝の様子から…恐らくそうなのだろうと…ブックマンとコムイは考えた…
 …ならば…毎夜夢を見て魘される度に…翌朝には…それに纏わる総てを忘れていると言うことではないか…そう考えると…これがただの防衛本能の為せるわざとは考えがたい…
 …まだ何かの『奇怪』だと言われる方が余程納得が行くが…
 …当人たちは移動しているわけだし…何よりイノセンス適合者である彼等が今更なんの自覚もなく巻き込まれ影響を受けると言うのもおかしな話だ…
 …だとしたら後可能性があるのは…
 「…アレンくん自身のイノセンスか治癒したばかりの左目…後考えられるのは…アレンくん自身の『過去』に何かがあった場合だね…」
 …コムイは…考えられる可能性をつらつらとあげていく…
 「…室長?イノセンスと左目は兎も角、アレンの過去とは?」
 ブックマンは寄生型の中でもどうも変わり種の様な感じのする、アレンとアレンのイノセンスそしてやはり情報の少ないアレンの左目の呪いに関しては…或いはと考えていたが…よもやアレン自身の『過去』に話題が及ぶとは思っていなかった…
 …何故なら…アレンの『過去』とは…奇妙な左腕を持って生まれたがゆえに、親に捨てられ、旅芸人の養父に拾われ、大道芸をし、3年前に養父の死により、伯爵と出会って養父をアクマにし、養父に呪われ、その際にイノセンスが発動し、そしてクロス元帥に拾われ、弟子入り、以後3年間エクソシストとしてクロス元帥の下で修行、その後黒の教団へ、と言うものだ、出生や養父に拾われるまでのことは、解ってはいないが…小さな子供が一人で生きていける様な…そんな世の中ではない…ならば…アレンは捨てられて割とすぐに養父に拾われたのだろうと思われる…実際アレン自身の言動からも…到底捨てられて苦労したと言う感じはない…どれ程養父に愛されていたとしても、拾われるまでにまるで苦労がなかったと言うのでもない限り…それなりに負の部分がある筈なのだ…しかしアレンの場合はそれらしい影はまるでない…アレンから感じられる負の部分は、養父をアクマにしたことに由来するのだろうもの以外は、総てクロス元帥絡みだけなのだ…
 …この意味するところはアレンが捨てられて、養父に拾われるまでにさしてタイムラグがないと言うことだと…ブックマンは考えていた…だからコムイが『アレンの過去』と言ったことが以外だった…
 …或いはもしやアレンの『過去』に『何か』が『あった』という事がわかったのかと…そう思いその事について問う…
 「…いや…それについては何も…でも僕らが詳細に把握しているのは、クロスと出会って以降の3年間に関してだけ…しかもその3年間も含めて僕の見たところ、アレンくんは辛いことがあったからって、それから逃げ出すような子じゃない…クロスと出会う以前に関しては解らない…その前の事は殆ど解りませんからね…でもあの子は自分の弱さと向き合う事の出来る子です…だとしたら後考えられるのは、相当に幼い頃に忘れなければ耐えられないほどの『何か』があったという可能性…そしていまなんらかの切っ掛けによって夢に見る程度には思い出し掛けている…でも耐えられる内容じゃないから結局忘れてしまうという可能性です…それに…」
 ブックマンの問いに否定の返事を返し、しかし推測だがアレンの過去に何かがあったのではとその可能性を語るコムイだったが…それとは別に…明らかに『何か』が引っ掛かっていると言う感じの口振りで僅かに口ごもる…
 「?室長?」
 ブックマンは名を呼んで促す…
 「…それに…ちょっと気になる事が…」
 「…気になること…ですかな?」
 コムイの言葉に、更に先を促す…
 「…クロスが…アレンくんの所に行ったタイミングがちょっと気になるんです…最も当人がいないので確認のしようがないんですけど…ティムキャンピーの映像の記録にはアレンくんが魔導式ボディを前に父親の名前を呼ぶところが記録されていたんです…」
 「…それは…」
 ブックマンが声をなくす…
 「…それはつまり…クロスが…或いはティムキャンピーだけかも知れない…けれどすぐ近くに居て、一部始終を見ていた可能性があるんです…もしそうだとしてクロスが何を考えていたのか、そして何故その場に居合わせたのかは解りません…ですが…そうだと考えるなら…この時にアレンくんが伯爵に殺されなかった理由もイノセンスを奪われなかった理由も納得出来る…クロスが近くにいて…伯爵がそのことに気付いたから…その場を退いたと…しかしもしそうだとすると、クロスとアレンくんの出会いは偶然とは言えないかも知れない…勿論元帥であるクロスの任務に適合者捜しが含まれる以上、適合者であるアレンくんとの出会いはある種の必然かもしれない…でも…僕には何か出来過ぎているように感じるんだ…あるいは…クロスはアレンくんの事を事前に知っていて…それでその場に居合わせる事になったのかも知れない…とね…」
 …あくまで推測だけど…そう最後に付け足して…
 「…アレン・ウォーカーの『過去』か…ではその辺り…具体的に聞いてみるか…」
 「…怪しまれない程度それとあまり刺激しないようにお願いします、まあ魘されている事は知っているんなら、それを理由に聞くと良いでしょうが…もし過去にそれほどの『何か』があったのなら…アレンくんにあまりいい影響を与えないかもしれません…寄生型ですし…もし負担になるかもしれないようなら…深く追求せず…取り敢えずはそっとしておいてあげてください…」
 「…うむ…解った…」
 コムイの言葉にブックマンが頷く。
 「…それと…今後アレンくんが魘されている時の様子を何度か確かめて貰えませんか?」
 …起こそうとした時と、起こさずに朝まで、或いはアレンくんが自発的に目を覚ますまで様子を見た時の、アレンくんと彼のイノセンスの状態を…見て教えて欲しい…そうコムイは言った…

 …そうしてこの起こす役割はラビに回される…

 …ちなみにブックマンは傍で様子を見ると言って…少し離れた安全圏から一部始終をティムキャンピーと共に観察する様になる…

                                            ―続く―