「…ハッ…ハッ…ハッ…」
…コワイ…コワイ…コワイ…僕はみんなを殺したくなんかない…
そう思いながら息を切らせて無我夢中で走っていた時だった。
―ドンッ!!
「…あっ…すみません…」
…込み上げる『殺意』を抑えながら…そんな『自分』に恐怖を感じながら走っていた僕は…花売りの少女から花を買っていた優しそうな紳士にぶつかってしまった…
「!…………」
僕の言葉に…一瞬紳士は何故か驚いたような顔をした後…僅かに沈黙し…
「…いいえ…こんな所にいつまでも立ち止まっていた我輩も悪かったのです…気にしなくていいですよ…それより…顔色が悪いようですけど…大丈夫ですか?…もしかして気分でも悪いのでは…?…」
そう言って…紳士はどう考えてもぶつかった僕が悪いのに…気にするなと言い…それどころか…見も知らぬ僕を気遣い…心配してくれた…
―…たぶん…この時…僕は限界だったんだろう…
…ああ…優しい人なんだ…
そう思った途端に…さっきまで…僕の胸で渦巻いていた『感情』がナリを潜め…代わりに不思議な安心感を感じた…
―羊が抱えるパラドックス―
―1―
街角で花を売る小さな少女の姿に馬車を降り、花を買った伯爵は…買い取ったその一輪の花を見つめ…物思いに耽っていた…
「……あの子が…好きだった花…」
伯爵はその手に持った『花』を見つめてポツリと呟く…
馬車の中から不意に見えた花売りの少女が手に提げる籠に入っていたその『花』を目にした瞬間、思わず馬車から降りて少女に声を掛けていた…
…そしてその『花』を見つめていて…ふと思い出されるのはここ数日…『自分』を悩ませ続ける二つの『疑問』…
―それは…
…何故…あの時…我輩はあの子供を殺さなかったのか…
―何故自分はアレン・ウォーカーを殺さなかったのだろうかと…
そしてもう一つ…
「…何故…14番目(あの子)は…我輩を…」
裏切ったのでしょうか…と…そう言い掛けた…その時…
―ドンッ!!
背に感じた…『それ』に…『誰か』がぶつかったのだと…自覚するとほぼ同時に…耳に飛び込んできたのは…
「…あっ…すみません…」
…どこか不安げな…動揺を含んだ…『聞き覚えのある声』…
その『声』に…ギョッとしてそちらを見ると…其処には…『思った通り』…『アレン・ウォーカー』がいた…
―続く―