「…『知り合い』と言うのは正確ではありません。…『あの子』は我輩の『家族』でした」
 そう告げて…紳士はその手に持ったその一輪の可愛らしい花を切なげに見つめ…そして…
 「……もう…本当に昔なんですがね…」
 とても哀しげにそう呟いた。
 
 
 
―羊が抱えるパラドックス―
              ―8―
 


 「……『でした』って…」
 …『過去形』…?…それに『昔』って…
 切なげな表情(かお)で哀しそうに呟いた紳士の言葉にアレンはつと胸をつかれる。
 あまりに哀しそうな彼のその様子を見ていて…不意にアレンはマナを思い出す。

 ―『泣けない』と言った養父の事を…
 …そう言った時の…彼の表情を…

 …なんで…いま思い出すんだろう…
 そう思いながらも…アレンにもなんとなく解っていた…

 …たぶん…この人は…

 「…ええ…」
 そんな風につらつらと考えていると紳士は「ええ」と頷く。

 「……もう…『あの子』はいないんです…どこにも…死んでしまったので…」
 頷いて紳士はとても…本当に哀しそうにそう言った。
 その紳士の言葉に…アレンは『…ああ…やっぱり…』と思う…
 そして思うと尚胸に痛みを感じた。

                                       ―続く―