酒場にざわめきがおこった…
「コール」
茶髪のタキシードを着た少年…アレンがそう言って手札をテーブルの上に広げる…
…それを見て…周囲を取り囲む野次馬達は息を呑み…対面に座す男は…蒼白になっていた…
…誰かが言った…
「ロイヤルストレートフラッシュ」
…或いはそれは…少年自身の言葉だったのかも知れない…
家出少年の事情―1―
数日前からアレンは町の酒場でバイトをしていた…
…その店は田舎の酒場には珍しくピアノの生演奏を売りとする酒場だったが…
…普段演奏をしているその店の看板娘が…アレンはこの少女と親しくしているのだが…体調を壊して数日演奏が出来そうにないと言うので…代理を引き受けていたのだ…
…その店に…今日はやたらガラの悪い客が来ていた…
…穏便に…早々に出ていって貰おうと…彼等が持っていたトランプに目を付けカード勝負を挑んだのだが…
…彼等はなかなか引き下がらず…気が付いたら…結構な時間…演奏もせずに…いつの間にかギャラリーまで作って…大勝ちしてしまっていた…
…結果…全く別の意味で…店は結構な騒ぎになってしまい…
…看板娘の少女の体調もだいぶ良くなっていて…今日が最後という話しになっていたこともあって…
…もう帰ってくれと…言われてしまった…
「…ふう…ちょっとやり過ぎちゃったかな…でもあの人達あれ以上放ってはおけなかったし…それに…これで借金が返せるものね…じゃあ…後は買い物して帰ろうか?ティム………なんのようですか…」
自他共に認める、極度の方向音痴のアレンは、一人になる時は、師からお守り兼道案内にと金色のゴーレム・ティムキャンピーを預けられる…
…ティムとの付き合いは長い…少し前…わけあって『家出』をし…以前から色々世話になっていた『亡き父親』の『親友』である、クロスに『正式』に『弟子入り』する前からの付き合いになる…
…そのティムに商店街までの道を教えて貰おうとした時…
…不意にアレンは立ち止まって、その笑顔を無表情なものに変えた…
「…アレン…ようやく見つけましたヨv」
アレンの背後に唐突に現れた、その男は人間とは思えない奇妙な異形の姿をしていた…
「…どなたですか?人違いだと思いますよ」
…アレンは『男』が『誰』なのか解っていた…解って…その上でそう言った…
「…アレン…髪の色を変えて『人間』のフリをしても無駄ですヨvお前はノアで、そして『特別』なのでスvなにより可愛いお前を我輩が間違えるわけないでしょウv」
そう言いながら『男』はアレンの横を通り前に回り込む…
「…知りません…」
アレンはそう言ってそっぽを向く…
「…アレンv…」
…『男』は困った様に…宥める様に声を掛ける…
「…マナを殺した人のことなんて知りません…」
『マナ』というのはアレンが『父』と慕う『養い親』の名である…
…しかし…『父親』を殺した相手への態度にしては、アレンの態度は妙である…
…どちらかと言うと…我が儘を聞いて貰えなくて…意固地になった子供の様な…そんな感じがある…(…否実際アレンは子供なのだが…)
「…おお…アレン…あの事は悪かったと思っていまスvもっときちんと話せば良かっタ…アレンが出ていって我輩は反省したのですヨv」
…『話し合い』がどうのと言う次元では無い筈なのに…そんな事を言う、この『男』もどうかしている…
「……僕のお願い…聞いてくれなかった…」
…しかし…アレンもやはりどこか奇妙しい…やはり拗ねたような感じだ…
「謝りまスv謝りますかラvだからネv機嫌を直して帰ってきて下さイv」
…そんなアレンの機嫌を『男』は取る…
「………ヤダ…」
「…アレン…帰ってきて下さイvロードも寂しがっていますヨv」
…そっぽを向いたまま…ふてくされた様子のアレンに…困った様にそう言う…
「…ロード…」
…その『名前』にアレンがピクリと反応する…
「アレン?v」
…アレンの様子に微かに口唇の両端が上がり…『男』は促す様にアレンの名を呼ぶ…
「……ダークマター…」
…すると…アレンは…ポツリと…小さくそれだけ言った…
「…ダークマターがどうかしましたカ?vアレン?v」
…アレンの言葉に何かのお強請りだろうと察し…更に促す…
「……精製前のダークマターと魔導式ボディを出来るだけ多く欲しいです…それをくれるんなら…偶には帰っても良いです…それと僕の邪魔はしないで下さい…僕は自由が好きなんです…」
…アレンは…恐らく『帰る』と言わなければ…いつまでもしつこくつきまとうであろう『男』を追い返すため…そして…今後自分がしようと思っている事の邪魔をさせないために…そう言った…
…単純に…『家』に帰ればいくらでも自由に出来るモノをわざわざ欲しいと言って念を押すのは…或いはこれから自分がしようとしていることが、この『男』の癇に障り、邪魔されてしまう可能性があったからだ…
…だから前もって…この『男』から『承諾』の言質を引き出す必要があった…
…その為に…これまでの『言動』をアレンは入念に考えて行っていた…
「…ダークマターと魔導式ボディですカv帰ってきたらいくらでも好きに使えるでしょウ?vアレン?vでもそんなにたくさん一体何に使うのですカ?v」
「…決まってます!マナを呼び戻すんです!『貴男』が殺したマナを!」
『男』に当然の様に指摘される…それは当たり前なのだ…この『男』はこれまで基本的にアレンの望みを優先してきた…たった一度を除いて…
…だが…そのたった一度がアレンにとって重要だった…
…他のどんな事より…大切なその願いとは…『マナを殺さないで』という願い…
…そして…現在(いま)これからアレンが試みようとしている事は…この『男』が殺した『マナ』を復活させると言うこと…
…だからアレンには…どうしても確認する必要があった…この『男』が『マナ』復活を邪魔しないかどうか…
「…アレン…マナを呼び戻すのなら魔導式ボディが一つあれば良いでしょウ?vどうしてダークマターと魔導式ボディが複数個必要なんですカ?v」
…その言葉にアレンは…『男』がマナの『魂』を呼び戻す事自体にはさして不満は無いのだろうと察し…この分なら割とあっさり許してくれるかもと…考えながら…更に続ける…
「どうして?決まってるでしょう!僕はマナをアクマにするつもりは無いんです!ただ魔導式ボディに組み込まれている『魂』を呼び戻して現世に繋ぎ止める為のプログラムと呼び戻した『魂』を固定する『入れ物』が必要なだけなんですから!」
アレンは更に反応を試すためにも…自分が何故…ダークマターと魔導式ボディを必要としているのかを言う。
「…アレン?vアクマにしないのならどうするつもりですカ?v」
…ここまで言えば大凡の見当はついているだろうに…『男』は実に楽しそうにそう問い掛ける…
…この『男』がこんな風に楽しげにする時は…大抵何か良からぬ事を考えている時だと…アレンは経験で知っているが…基本的にこの『男』がどんな悪趣味な企みをしたところで…アレン自身には大して害にはならないので…アレンはそれに関しては気にしない…
…ただ…アレンの大切な『人間』が巻き込まれる可能性はあるが…それについても…アレンはもう対策を考えている…
…『マナ』の時には可愛らしく『お願い』になどしたのが悪かったのだ…だから…もしまた同じような事があったら…或いは…自分の『邪魔』をする様ならば…
…この『男』が最も嫌がるだろう『場所』に…ある意味現在の『家出先』以上に嫌がるだろう『其処』に『家出』してやろうとアレンは密かに思っているのだ…
…だからアレンは…今回『男』が『諾』と言わなければ…それを言ってやろうと考えて…
…取り敢えずいま自分が何をするつもりなのかを口にする…
「……器はゴーレムの形で復活させます…僕の『能力』でも…死んでしまったノアの肉体を再生して、その中に魂を入れるなんて無理ですから…だからせめて…」
…アレンの『能力』は非常に便利なモノである…だが…その力とクロスとマナ仕込みの頭脳をもってしても…『超人』である『ノアの一族』の『肉体の完全再生』は容易ではない…
…或いは…時間を掛ければ可能かも知れないが…アレンはそんなに長く待ちたくない…出来るだけ早くマナに会いたいのだ…
…だから…取り敢えず…将来的には兎も角…現時点に於いては妥協する事にしたのだ…
…そして…その妥協方法が…ゴーレムに『魂』を入れるという方法だった…
…アレンは折角創っても…この『男』に壊されるかも知れないという可能性があった為に…まず最初に堂々と宣言する事で、真っ先にその危険性を潰す事にしたのだ…
…もしもの時には『脅迫』も辞さない覚悟で…
「…フウ…仕方ないですネv解りましタv…我輩の負けでスvアレンの気が済むようにすると良いでしょウv…その変わり時々は帰ってきて下さいヨ?vダークマターでも魔導式ボディでもアクマでも、アレンが必要だと思うものはいくらでも持っていって構いませんかラv」
…だが…結局はアレンの杞憂に終わった…
…『男』は溜め息混じりにだが…あっさりとアレンの好きにするようにと言った…
「…近い内に一度帰ります…『伯爵』…」
…その『男』の『言葉』に…アレンは漸く『男』を名で呼んだ…
「…アレン…千年公って呼んでくれないんですカ?v」
…尤も…かって呼んでいた『愛称』ではなかった事が…『男』否『千年伯爵』にそれなりのダメージを与えたらしく…その声音はどこか寂しげだった…
「…僕…まだ怒ってますから…」
…そう言ってアレンは…自分が許す気が無い事をアピールする…
「…まあ…帰ってくる気になった分だけ良しとしましょウv…それではアレンv待っていますヨv」
…そう言って千年伯爵は現れた時同様…唐突に姿を消した…
―続く―