「…ふふ…『あそこ』に隠しておけば大丈夫…いくら師匠でもあそこにはそんな簡単に入れないし…それに…一応師匠にはこれを買ってあるし…」
 そう言って右手に持ったビンを見る…こんなこともあろうかと…師匠の機嫌を取る為に買ってきたウイスキー…ああ!臨時収入万歳!!当分借金取りの心配もいらないし…(…この町にいる限りは…だが…)…良かった、良かった…
 …うん…うん…と頷きながら…上機嫌でアレンは教会へと入っていった…


 
家出少年の事情―3―


 …アレンは…教会の師の部屋のドアを開け…
 「師匠、ただいま帰り……」
 …ました…そう言おうとした瞬間、殺気を感じ咄嗟に僅かに右に避ける…
 …避けるとほぼ同時…先程までアレンの顔があった『そこ』をビュン!と言う音と共に『何か』が通過した…
 …アレンがあとほんの少し遅ければ…恐らく『それ』はアレンの顔面に当たっていただろう…
 …それを認識して…後方に視線をやると『そこ』には割れた酒瓶が…
 …そして…その事実に…アレンがぞっとしていると…
 「…遅かったな…馬鹿弟子…くっくっく…」
 …更にぞくっとする程低く冷たい…その声と嘲笑に…何故か師の機嫌が思いの外悪い事を悟り…アレンは血の気が引く…
 …な…なんで…師匠…こんなに機嫌が…
 …そう考えながら…まるで…ギギギとでも音がしそうな程不自然な様子で振り向くと…
 「…アレンよ…俺とマナはお前を、帰ってきて早々師に挨拶もせずに、『どこか』に雲隠れするようなヤツに育てたつもりは無いんだがな…」 
 …グラス片手にそう言う師の言葉に、アレンは全てを悟る…
 …しっ!しまったっ!…師匠は僕が教会の前まで帰ってきておきながら『あの場所』に荷物を置きに行った事に気付いていたんだ……
 …ど…どうしよう……
 …はっ!…そうだっ!…このお酒を…
 「…し…師匠…あの…それは…師匠にお土産をすぐに渡したくて……あの…『これ』です…『これ』を…その…袋から…だして…」
 …そう言って…手に持ったウイスキーを大急ぎで師匠の方に突き出す…
 「…ほう…ウイスキーか…それで…?…何故袋から出す必要があった?…何故?お前はわざわざ『方舟』になんか行った?」
 …ば…バレてる…
 …たぶん…ぜんぶ…
 …どうしよう……
 …こう…なったら…正直に…言う…しか…ない…のかな…ハハ…ハ…
 …で…でも…一応…頑張ってみよう…か…な……ウン……
 「…え…えーと…あの…そのお酒以外にも…僕の…服とか…着替えとか…手袋とか…あ…あと…他にも…イロイロ…買ってきたので…その…余計な荷物は…僕の『舟』に置いておこうかなー…なんて…思いまして…その…」
 …しどろもどろになる…どう頑張っても…言い訳にしか聞こえない…うぅ…し…師匠がこわい…どうしよう…
 「…ふん…まあいいだろう…この酒に免じて『今回は』見逃してやる…」
 …そのお粗末な言い訳でな…そう最後に呟いて…師匠は鼻で嗤う…
 …や…やっぱり…見抜かれて…る…
 …そう思いながらも…取り敢えず…助かったのだと悟る…
 「…それより馬鹿弟子…首尾はどうだ?」
 「あっ!はいっ!大丈夫です!師匠の言った通りでした!全部上手くいきましたよ!」
 …師匠の言葉に帰ったら『報告』しなければと思っていた事を思い出す…
 …成る程…それで師匠はすぐに帰らなかった事をおこったのか…
 …いつもだったらこんなに怒らないもんな…尤も単に僕で遊んだだけかも知れないけれど…どっちかと言うと…こっちの公算の方が高い…気がする…
 …それに…だから…いつもより早く…『解放』してくれたのか…
 …でも…だとしたら…
 …もし…失敗していたら…そう思うと…ぞっとする…
 …よ…よかったー…成功して…
 …ちょっとだけ…千年公に感謝…かな…
 …だって…でも…そもそも…あの人がマナを殺さなきゃこんなことには…
 …あー…やっぱり前言撤回…
 …しらない…しらない…伯爵になんか感謝するもんか…うん…
 …僕はまだまだ許さないぞ…
 「…そうか上手くいったか…くっくっく…これでまた研究が進むな…じゃあアレン、お前すぐにでも『向こう』に『戻って』取るもの取って来い、用が済んだらさっさと帰って来いよ」
 「…えっ?…すぐに…ですか?」
 …いま…すぐは…ちょっと不自然な気が…
 …そ…それに…一端帰ったら…いくらなんでも…すぐには出てこれないかも…
 「当然だ!俺は早く研究の続きがしたいんだからな」
 …そ…それは解ります…それは…
 …それに…僕だって…
 「…それに…お前もやりたいことがあるんだろう?え?」
 …そ…それはそうですけど…でも…現実問題…うぅ…でも…この人には正論なんて通じないし…
 「…わ…解りました…行ってきます…」
 …そう言って…僕は…師匠に一礼し部屋を出ようとする…
 …その僕に…
 「期待しているぞ?」
 …にやりと笑って師匠が言う…
 …僕は…師匠のその言葉から…
 …言いたいことが…手に取る様に解ってしまった…
 …つまり…
 『…俺をあまり待たせるなよ…』
 …そう…言外に言っているのだ…
 
 …こ…これは…出来るだけ多くの『ブツ』を持って…出来るだけ…それこそ速攻で…帰ってこないと…うぅ…
 
 …ちなみに…この時点で僕の頭に『逃亡』と言う選択肢は無い…
 …はっきり言ってそんなことをしても無駄だし…

 …それに…

 …こんな人でも…まあ…悪い人ではない…
 …うん…
 …それに…尊敬もしてるし…感謝もしてる…一応…イロイロ世話になった…恩人だし…それに…僕の数少ない理解者でもある…

 …一応…僕の…『特別』…だから…

 …だから…師匠…いざとなったら…僕は貴男を…無理矢理にでも………

 …『方舟』に向かいながら考える…

 『僕』が創った…『僕』の『方舟』…

 …『ノアの方舟』を『モデル』に『僕』の『能力』で創った『僕の舟』…

 …『僕』の『許可』なく入れるのは『空間移動能力』を持つロードぐらい…

 …死なせない…もう…『誰も』…『大切なヒト』は…絶対に…

 …だから…『千年公』…貴男には悪いですけれど…僕は『僕のシナリオ』で動きます…
 
 …師匠がエクソシストだろうが、元帥だろうが、そんなこと関係ない…あの人は絶対に殺させませんから!!

 ……まあ…殺したからって…簡単に死ぬヒトじゃないですけど…

 …そんなことを考えながら…僕は『方舟』に乗る…教会のことを伯爵に悟られない為にも…一端…どこかに移動して…それから…『ノアの方舟』と『家』に向かわないといけないから…

                                            ―続く―