…門が開くと其処には、上質の黒い着物を着た女性が立っていた…
「お久し振りです、日向当主様、日花璃様、そして『斉樹分家』にようこそお初にお目に掛かりますヒナタ姫様、総領様が『奥』にてお待ちにございます」
…『ご案内致します』と言った女性のその言葉に…ヒナタは眉を僅かに寄せる…
…この場にいるのは…父と母と自分…
『ヒカリ』とは『誰』のことなのだろうと…
…すぐ前を歩く母に、疑問を小さな声で問うと…
「その話は後で」と言われ…
…それ以後はただひたすら黙々と歩く事になる…
木ノ葉の名家―4―
「…着きました…」
…案内役のその女性が襖の少し前に立ち止まるとそう言った…
…ヒナタはその時にはかなり疲れていた…
…何故ならその屋敷の内部構造はかなり複雑で、其処に着くまで…随分と長いこと屋敷内を歩くこととなってしまったからだった…
…そして…だからヒナタは気付かなかった…
…案内役の女性の声が…
…そして父と母が…
…僅かに緊張を隠し切れていなかったことを…
…女性は…襖の前に正座し、三つ指を着いてお辞儀をし…
「総領様、日向当主様、日花璃様、ご息女ヒナタ姫様のお三方をお連れ致しました」
…恐らくは中にいるのだろう『総領』という人物に声を掛けた…
「許す」
青年の声が短く許可を出す。
…ゆっくりと襖が左右に引かれていく…女性は何もしていない、頭を垂れたままの状態でいる…
…襖が完全に開かれると…その両脇には十二単を纏った美しい女性が二人…それぞれ左右に座していた…
…部屋の奥…上座は一段高く…御簾がおりている…
…御簾の向こうにどうやら一人…この人物が『総領』という人なんだろうか?と思いながらヒナタは見る…
そして…御簾の外側にも右側に一人青年が…控える様に座していた…
「入れ」
…短く青年が言う…先程の青年の声と同じだとヒナタは思った…
…そしてその声で…女性は立ち上がり…襖の奥へと入り…ヒナタの父と母もそれに続く…
…両親のその様子にヒナタも後を追うと…
…ヒナタが入ると十二単の女性二人が…開いた時とは正反対に…ぴしゃりと襖を閉める…
…その様子に一種の異様さを感じ…振り返ると…ヒナタは父に窘められ…両親に習い御簾の前に正座する…
「お久し振りです、今日は娘のヒナタを連れて参りました、そろそろヒナタにも話す頃合いかと思いまして、我が娘『ヒナタ』を是非総領様の婚約者に」
…ヒナタは驚いた…父の言葉に…
「…え…こ…婚約…」
…あまりの事に…めまいを感じ…
(…ナルトくん…ナルトくん…)
焦がれてやまない少年の名を何度も心で繰り返す…
「娘の気持ち次第だ」
御簾の向こうからは壮年の男性の声。
『気持ち次第』しかしその言葉にヒナタは気持ちを固める。
(…言わないと…言わないと…)
「…ち…父上…私…私…好きな人が…」
…勇気を振り絞る…精一杯…
「ヒナタそれは誰だ?言っておくが出任せは通じぬぞ!」
そう言った途端父からの威圧感が増す。
「…わ…私は…」
…逃げ出したい程の威圧感…中忍試験の時のネジとは比べ物にならぬ程の…それに…それでもヒナタは…何度もそのヒトの名前を心で繰り返し…勇気を出そうと思う…
…両想いになんて…そんな贅沢なことは願っていない…
…私が勝手に好きなだけだから…
…願うのは貴男の幸せ…
…望むのは貴男の喜び…
…欲しいのは貴男の笑顔…
…ずっと…勝手に…見続けると…想い続けることができると…思っていた…
…でも…『婚約』…そんなことになったら…
…大丈夫だと思っていた…
…ずっと…
…だって『日向』には妹(ハナビ)がいる…
…私と違って優秀な妹が…
…父上が私は『日向』にいらないと言った時…
…悲しくて…哀しくて…辛くて…寂しかった…
…でも…反面…どうしようもなく…嬉しかった…
…心の奥に…喜びが…あった…
…これで誰にも咎められずナルトくんを想い続けられると…
…自由に生きて良いのだと…
…そして…痛みもあった…同量の…申し訳なさ…
…総てを押し付けてしまう事になる…妹への罪の意識…
…それでも…喜びを止められなかった…
…それなのに…
…まさか…『日向』にいらないとは…
…ずっと…私の心の中で…そっと想い続けていこうと…
…きっと迷惑だからと…そう思って…
…でも『婚約』なんてことになったら…
…想うことももう…きっと…
…それだけは嫌だった…
…だから…
…『勇気』を出そう…
(…ごめんなさい…ナルトくん…迷惑だよね…でも…)
…ヒナタは決めた…一生心に秘めておこうと思っていた…大切な想い…
…でも…
…ヒナタは深く深呼吸をし…
…顔を上げ…
…そうしてその名を口にする…
「私の好きな男性は同じ下忍の…『うずまきナルト』くんです」
…いつだって…ヒナタにとっては『特別』な…その『名前』を…
―続く―