ペルソナ―V―
その書簡は、これから敵対族の王都に赴こうとする呂望にとっては頼ることの出来る唯一の物だった。
その効力は関所で確認済みだった、なによりそれは他族とはいえど呂望にとって数少ない友からの書簡に添えられた物だった。
だから呂望はそれを手に朝歌の門を潜るのに躊躇いはなかった。
遊牧民の邑で生まれ育った呂望にとって朝歌はあまりにも複雑だった。門を潜ったのはいいが圧倒されてしまい彼は途方に暮れていた…
そんな彼に一人の美しい女がどこからか現れて声をかけた。
「こんなところでどうしたのん」
女は婉然と微笑み少年に近づいた。
彼女の名は王氏、数日の内に遠征に出る事になっている太師の留守を狙って後宮に入り込もうとしている妖怪仙人の化身だった。
「僕に何かご用ですか?」
少年の態度は素っ気ない物だった…
最初は単なる気紛れで声をかけただけだったが、その少年の態度に王氏は興味を引かれた…
何故ならこの時、彼女は軽い悪戯心から傾世元禳を使っていたからだった。
「妾の名は王氏、貴方は…」
王氏がそう言いかけたその時だった。
「そこで何をしている!!」
どこからかの誰何の声、その主は王氏にとって今会うには厄介な相手のものだった。
「妾はもう行くわん、またねん…」
にこやかに微笑んで王氏はその場を立ち去った。
王氏と入れ違いに一人の男が現れた。その男は半顔に仮面を着けていた。
「先ほどここに女がいただろう、あの女は知り合いか」
「いえ…通りすがりだと思います…」
「そうか…ならいいが…もう日暮れだ、子供は早く家に帰るが良い」
そう言って男が立ち去ろうとした…
「待って下さい!!」
少年が呼び止めた。
男は立ち止まり振り向き…
「どうした、私に何か用でもあるのか」
少年に問う。
少年は道が判らないと答えた。その答えに男は只の迷子と判断し、もう遅いと言うこともあって家まで送ることにした。

