ペルソナ―W―
「遅いなあ、どうしたんだろう…」
どんどん暗くなる朝歌の町並みに、まだ来ない待ち人に、不安そうに眉を顰めて、その少年は宋家荘の門前に佇んでいた。
少年は宋異人と呼ばれている。彼はこの宋家荘の跡取りだった。
時間が経つにつれ心配が募ってくる…
彼の待ち人はこの朝歌では蔑視の対象とされる羌族の、しかも頭領家のものだった。其れ故の心配だった。
きょろきょろと辺りを見回しながら待っていると、誰かが来るのが見えた。
遠目であったため朧気ではあったがその人物が誰なのかを知ると、宋異人は蒼白になる。
「ぶ、聞太師……」
かすれる声で呟く…
(何故こんな処に、まさか…)
宋異人はしかし急ぎ冷静さを取り戻す、兎に角表面上だけでも取り繕う。
が、今度は別の意味で驚く、その後には先程から待ち侘びていた友の姿が在ったのだから…
「け、賢弟…」
呟いて、宋異人は急ぎ駆け寄った。
「賢弟!!」
自分を呼んで、駆け寄って来た宋異人に呂望は事情を説明し安心させる。
呂望にも宋異人にも疚しい所など無いが、それでも、もしこの事が殷の耳に入ったならば宋族がどのような目に遭わされることになるのか二人にはよく判っていた。
だからこそ呂望は只の迷子を装い、宋異人は決して彼の名を呼ぶことをしないのだ。
宋異人は聞仲はもとより家族にすらも呂望の身元を伏せた。説明を求められてただ…
『前の戦の折りに戦場で出会い、危うい所を助けられ、意気投合し義兄弟の杯を交わした間柄で、朝歌に来る用向きがあるなら必ず訪ねるようにと、以前に約してあったのだと』事実ではあるが、真実全てではない説明をした。
そしてこの場は事なきを得て、翌日呂望は邑へと帰った。
朝歌を遙かに離れ、後一刻程で呂の邑が見えるであろうという所まで帰って来た時だった、呂望は不意に愛馬の足を止め、後方に視線をやる、が直ぐにまた馬を走らせる、走らせながら、彼は考える。
(誰かが見ている…あの狐か…どうやら上手くいったようだな、聞仲にも会う事が出来た、後は時が来るのを待てば良い…)
しかし直ぐに彼のその思考は姜子牙のそれへと変わる…
(…宋異人と出会えて良かった…これで僕や一族に何かあっても最悪の事態だけは避けられる…族滅だけは…)
邑が遠くに見え始めた…心なしか愛馬の足が速くなった…