ペルソナ―X―

 草原に子馬の嘶きが響く、民人の喜びの声、その様子に包(パオ)の中にいた人々は公子の帰還を知った。
 
 『公子様・呂望様・子牙様―お帰りなさいませ―ご無事で良かった―何故このような無茶を…』
 馬から降りた途端、呂望は長老達に取り囲まれた。
 暫くして長老達の一通りのお小言が終わると、目の前には父母と兄、そして満面の笑顔で駆け寄って来る小さな妹がいた。
 「望兄様ーお帰りなさい!」
 呂望の胸にぱふっと顔を埋めて言う。
 「ただいま妹々…」
 優しい微笑みを浮かべ呂望は妹の頭を撫でて言う。
 「ただいま戻りました、父上、母上、兄上」
 父母と兄に礼をする呂望の服の裾を妹が引く、声を掛ける。
 「ねえねえ、望兄様は何処に行っていたの?」
 妹のその言葉に兄は頷き、父は僅かに眉を寄せた。呂望は行き先を父に告げたのみで、詳しい話をせずに出かけたことを思い出した。
 そんな呂望に兄も妹同様に問う。
 「友達に会いにちょっと遠くの邑に行って来たんだ、前の戦で知り合ったんだよ」
 そう兄と妹に答える。
 
 呂望が何処に行っていたのかを言わなかったのに安心して、頭領は話をこれで終わらせる為に呂望を呼び寄せる。
 呂望は妹の頭をもう一度撫でてから、駆け寄って来る。
 「望、疲れただろう、今日はもうお休み…」
 その言葉に妻が呂望を抱きしめて言う。
 「食事をして、今日はゆっくりお休みなさい、支度は調えておきましたからね」
 
 呂望は穏やかに微笑む母に頷くと、父に礼をし、兄妹達に手を振って、包に向かった。
 
 その光景を遠くから見ているある人物がいた。その人物は手元の資料に目を遣りながら、婉然と微笑む。
 彼女は朝歌で呂望が出会った王氏だった。
 「あはん、あの子が姜子牙ちゃんだったのねぇん」
 くすくすと口元に笑みを浮かべ、王氏は楽しげに言う。
 「早く貴方と遊びたいわん、太公望ちゃん」
 そしてそう言うと何処とも無く姿を消した…