斉―1―

 太公望が仙人界に戻らないと言うのを知って武王は最初、太公望に城に残って欲しいと望んだが、彼はそれを頑として拒んだ。それならせめて封土をと言った。
 「太公望、お前の言う通り、仙人界と人間界を完全に切り離す為には史実からは仙人界の事は除かなくちゃあならねぇ、だがお前の事は別だ、一番の功労者を蔑ろにするわけにはいかねぇ、これはお前の理想の為の辻褄合わせでもあるんだ、頼む!」
 パンと手を合わせて武王は太公望に頼み込んだ。
 「わしは役立たずの老人になってその内に死ぬ!それでもいいか?」
 太公望のその言葉に武王が呆然とする。
 「お、お前、死ぬって、んな簡単に…」
 「何を驚く、人間であれば当然の事であろう、わしは既に八十過ぎのジジィじゃ、人間として生きるのであれば適当な所で死んでおくべきじゃろう」
 そう言うと太公望は呵々と笑った。
 そして彼は東海へと去った。
 
 十年後―東海に一つの小さな邦が出来ていた。何時の頃からかその邦は斉の邦と呼ばれるようになった。
 小さいながらも活気に満ちた邦だったが、しかしこの日ばかりは違っていた…
 街は沈み込んでいた。そして城は厳かな雰囲気が漂っていた。
 「どうしたんだろう、活気のあるいい処だって聞いていたんだけど…」
 蒼い髪の青年は呟いた。
 「ほんとですね、一体どうしたんでしょうね楊ゼンさん」
 そう言ったのは明るく純朴な青年だった。
 「そうだね、武吉くん誰かに聞いてみよう、ずっとここは見つけられなかったのに急に見つかったのもおかしな話しだしね…」
 楊ゼンと武吉この二人は太公望らしき人物がこの邦にいると聞いて捜しに来たのだった。
 「あの、僕ら旅の者なのですが何かあったんですか?」
 人を捕まえて聞いてみる。
 「あんたら、どこから来たんだ?知ってて来たんじゃないのか?今日はこの邦に周の国中から偉い人達が集まって来てるんだぜ?」
 すると訝しげな顔をしてその青年は聞き返してきた。
 「何故ですか?」
 楊ゼンが重ねて問う。
 「ホントに知らないのか…」
 溜息を吐いて青年は続ける。
 「太公様が先日亡くなったんだよ…」
 青年はすっかり肩を落として言った。
 「太公様?」
 楊ゼンは眉を顰めて問う。
  ―つづく―
   

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