斉―2―

 「この斉の邦は元々、太公様を慕う者達が集まって出来た邦らしいんだ。最初は太公様親子とその一族だけが此処に住んでいたらしいけど、段々と人が集まって今みたいになったらしいぜ」
 青年の言葉に楊ゼンと武吉は狼狽えた。人違いかもしれないとの思いが過ぎったのだ。
 「その…太公様とはどのような方なんですか、詳しく教えて頂けないでしょうか」
 その楊ゼンの問いに青年は眉を寄せてあまり詳しくは知らないがと言いつつ口を開く。
 「なんでも殷周革命で凄い功績を収めた方で王妃様のご親族らしいぜ、それで今日の葬儀には国中から色んな人が来てるんであんたらもそうかと思ったんだよ…」
 「そのひとの…太公様の名前はなんと言うんですか…」
 楊ゼンは自分が狼狽えている事を自覚しつつ問う、隣では武吉君が蒼白な顔でこちらを見ている。
 「名前…あんたら一体?」
 不審がる青年にいいからと急かして聞き出した名は…
 「…呂尚…羌太公呂尚様って云った筈だけど…」
 その名に二人は顔を見合わせ、青年にお礼を言って辞した。
 「楊ゼンさん、お師匠様の名前って…」
 「うん、太公望の名を賜る前は呂望って言ってたって、確か以前に師匠が仰っていたけど…兎に角ここはひとまず城に行って見ようか…」
 「そうですね」
 そうして二人は城に向かった。
 
 ―一方城では―
 「領主様、先ほど見慣れぬ者が太公様について詳しく聞いてきたと民からの報告がありました」
 宰相はそう報告すると直ぐに部屋を辞した。一人にしてくれたのだろうと領主は思った。
 自分はまだ12歳だった。自分の父は稚い顔で二人お忍びで街を歩けば兄弟に間違われる事はあっても親子と見られる事はなかった。
 自分は父の事は殆ど知らなかった、母の事はなお知らなかった。
 父の死は急ではなかった。父は占いが得意だったらしく僕が12になって二ヶ月後に死ぬと以前から言っていた。
 そしてそのための準備を全てしていた。
 最期に父は二人になった時、泣きやまぬ僕に何かを言った。
 「…よ、泣くでないよ…わしは…いつか…」
 泣きながらいつの間にか眠ってしまったらしい僕が気付いた時には、父は眠るような穏やかな顔で亡くなっていた。
―つづく―   

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