青龍の夢―U―
―…どうしても行くのか?―
―ええ―
―何故だ…確かに此度の事、お前に責任が無いとは言わぬ、だが…お前は既に充分過ぎる程の事はしただろう―
―いいえ…これは私の仕事です―
―媚が悲しむぞ―
―媚は賢い娘です…解ってくれるでしょう―
―…何時かは戻ってくるのだな…―
―兄上…私は為すべき事をする…唯それだけです―
「…恩…恩…」
(優しい、温かい声が、懐かしい名前で穏やかに呼んでいる…)
その呼びかけに…まだ重い瞼を恩と呼ばれた少年は、押し開ける。
「…お早うございます、母上…」
「どうかしたの、恩?」
昨日、唐突に先触れも無く自分の元を訪れた息子の様子が常とは異なっている事に、彼女は気が付いていた。
「…いえ、何だか随分久しぶりだから…」
そう言って、恩はホンの少し嬉しげに笑んで見せた。
その様子に彼女は息子の立場に思い至り、納得するが、それと同時に或る疑問が、彼女の脳裏を過ぎる。
「そう言えば、恩、あなた地上に来たりしていいの?天(うえ)は現在(いま)、大変なんでしょう?」
「ええ、だから私は此処に来たんです」
恩の様子が少し変わった―それを見た、彼女は息子の用件というのが予想以上に重要な事であると知った。
「何が…あったの…」
「詳しいことは話せません…唯…私は人界に行かねばなりません」
「人界に…そんな…だってあなたは…」
「母上、これは天帝の決定なのです」
異を唱えることは許されないと言外に言う。
「それじゃあ、あなたは何故ここに来たの?人界に行くのに此処に来る必要は無いでしょう」
「はい…母上にお願いがあって来ました」
「もうお解りなんでしょう?」と付け足す。
「媚の事ね…」
「…媚も何れ解ると思うのですが…それまであの子が大人しくしているとも思えませんし…」
「そうね…あの子が人界に向かうのなら、此処に来るでしょうね…」
「ええ…ですから、あの子を此処に止めておいて欲しいのです」
「あら…天界に戻さなくていいの?」
「その事に関しては、じきに父上からご連絡があると思います」
そして恩は地上へと向かった…
―つづく―
―あとがき―
済みません、今回もまた、太公望が出ませんでした。でも主役です…
だから次回こそは…
所で今回は、訳あって序章とTの丁度中間ぐらいの頃の物語です、次回は人界が舞台で、大体、時間的には楊ゼンと邑姜が話をしていた頃だと思います。