「…あなた達は…」
…不意にその声が聞こえた…
リナリーは顔を上げ、声のした方を見る…
…確かに聞こえた…よく知ったその『声』…
…でも…いま一番聞きたかったその『声』が…自分の希望からの幻聴でないことを確かめる為に…
…そして…『其処』に『その人』がいるのを見て…
…リナリーは立ち上がって…駆けだした…
…碌にいうことをきいてくれない…己の足を叱咤して…
…まろぶように…腕を前に出して…『彼』の処へ向かおうとした…
運命の分岐(わかれみち)
―第2章―
―第8話―
「アレンくんっ!」
…転び掛けたリナリーを見て、アレンは咄嗟に駆け寄り、その傾いだ体を受け止める…
「リナリー!大丈夫ですか!?」
心配そうな焦りを含んだ表情(かお)でアレンはそう言って、リナリーの顔を見た。
「…アレンくん…いつものアレンくんだ…」
…よかった…リナリーは安心したようににっこりと笑い、涙を零した…
―いけない!
…僕は…なんのために…
…転び掛けたリナリーを見て…つい慌てた…
…それでうっかりいつもみたいに…
…でも…もうそれは許されないんだ…
…そのことを思いだし…ゆっくりとリナリーから離れる…
「…アレンくん?…」
リナリーが不思議そうにこちらを見る…
「…アレンくん…一緒に帰ろう…」
リナリーが僕の破れていない右腕の裾を掴んでそう言う…
「…駄目だよ…僕はいけない…」
…リナリーの手をそっと触れてそう言う…
…だから…放して…そう言外に告げる…
「…いや…いやよ…」
「リナリー!もうじきこの『搭』もダウンロードが終わるんです!もう時間がっ!」
…しっかりと僕の服の裾を握りしめ…リナリーは左右に首を振り続ける…
「リナリー!…っ!ラビもチャオジーもどうしてっ!早くリナリーを連れてここから出て行って下さい!これじゃあ!」
…これじゃあ…僕が何のために…
…思わずそう言いそうになる…それでも言わない…それは絶対に言ってはいけない『言葉』だから…
「…っだってっ!アレンくんが言ったのよっ!絶対諦めないって!みんなで『教団(ホーム)』へ帰るって!だからっ!」
…リナリーがそう叫びながら、涙を零しながら僕を見る…
「…っくっ…ラビ…チャオジー…リナリーを連れて行って下さい…お願いですから…」
…ラビとチャオジーを振り向き二人にもう一度言う。
「嫌さ!」
「嫌っス!」
…ラビとチャオジーまでがそう言う…
「…どうして…」
…唖然とする…
…ラビはブックマンの一族の筈だ…傍観者なのに…どうして…
…チャオジーは…あんなにノアを憎んでた…そりゃあ…僕がノアだなんてすぐには信じられないのかも知れない…でも…ティキを助けようとしただけで、あんなに怒っていたのに…
…なのに…どうして…
「…アレン…オレもリナリーと同じ意見さ…『あの時』のおまえの『言葉』を信じる…信じてたからここで待ってた…そしたら…おまえは戻ってきた…なあ…『何か』わけがあるんだろう?」
…ラビが…まっすぐ僕を見て言う…
「…僕は…」
…つい…言い淀んでしまう…
「目ェ!そらすなさ!アレン!アレン、ノアは他人の心に一方的に話しかける事ができる」
「!ラビッ!それはっ!」
突然のラビの言葉に慌てる。
ラビが何を言うつもりなのかは分からない…でも…それは…まだ『ブックマン』ではない『ラビ』が話してはいけない『ブックマン』の『情報』なんじゃないのか…
「…ジジイが怒るかも知れないけど…それでもいいさ…アレン…アレンは『それ』で『伯爵かノア』と話をしたんじゃないのさ?」
「…ラビ…」
「…オレ達は伯爵の狙いはリナリーだと思った…でも…考えてみたらリナリーが吸い込まれた『あの時』一番近くにいたのはアレンさ。…そしてアレンは中国でもノアにティキ・ミックに狙われてる。ティムのメモリーで、間違いなくアレン自身を殺すことが目的だと言ってたさ…アレンは自分が狙いだと知ってそれで…」
…なんてことだ…ラビは殆ど気付いてる…
「……フウ…仕方ないですね…そうです…確かにラビの言う通り…千年公の目的はリナリーでは無かった…リナリーのことは取り敢えずついでだったんです…千年公の目的は『僕』です…『僕』の記憶を取り戻す事と『僕』を連れ戻すこと…だから…」
「…おまえが『あっち』に行く代わりに、オレ等を無事に帰す。そんなところか?」
…だから…そこまで言った僕の言葉の後を、ラビが引き継ぐように言った…
―続く―